夜とコーヒー

かつどん

夜とコーヒー

夜とコーヒー




週末、深夜0時を過ぎ、終電も無くなるこんな時間に彼と会うのが習慣になっていた。


約束のコンビニで彼を待ちながら、ぼーっと商品棚を眺める。


少しすると、「おまたせ、待った?」といって彼がやってくる。


「ううん、今来たところ」


私は嘘をついた。


「このコーヒーお気に入りだよね」


私がそう聞くと彼は「あたり」といってカゴに2つ入れた。


それからお菓子だったり色々買ってコンビニを出て彼の家に向かった。


深夜1時を過ぎた頃、誰もが寝静まった街の中、彼と私の狭い部屋だけが淡く、温かくなっていた。


映画を見たり、ゲームをしたり、コーヒーを飲みながらたまに見つめ合ったり。


甘いコーヒー味のキスをして、ベッドの上でそっとぎゅっとしてお互いの温度を混ぜていく。


私にとってこの時間はいつも過ごしている世界とは別世界に来たような、それほど優しい世界になる。


でも、その時間も長くはない。


2人でそのまま目を閉じ、目を開ける頃にはいつもの世界に戻ってしまう。


私はそんな生活を繰り返していた。



彼と会ったのはちょうど一年くらい前。


私には大学でやりたいことがあった。


でもどうにも上手くいかなくて、そんな中出会ったのが彼だった。


彼は落ち込んでいた私に優しい言葉で元気をくれた。


今思えば、まるで彼と見た恋愛映画の最初のシーンみたいな感じだった。



私にとって彼との時間はとても幸せな時間だ。


私は彼が好きだ。


愛してるといっても過言ではないと思う。


彼と居れば嫌なことを忘れられたし、その時間だけは何も上手くいかない私自身が許されているような気がした。


でも彼と会うのもいつの間にか、その時間のための言い訳のようになっていた。


私は彼が好きだということを理由に、その時間に依存するようになった。


あの時見た、恋愛映画のようにはどうにも綺麗な恋にはならなかった。


これ以上はダメだと思った。


こんなしょうがない関係は続けられない。


そう思った。



だから、私はもう終わらせようと思った。


はずなのに。


そうだ、来週だ、言わなきゃ、伝えなきゃ。


あぁ、また言えなかった、でもまた来週なら。


どうして、私はまだ彼の手を握っているのだろう。


気づいた時にはまた言い訳をして、私は彼との夜に溺れてしまっている。



もう一人の私が私に問いかける。


もうこのままでもいいんじゃない、と。


だって彼は優しくて、暖かいし、コーヒーだって苦いよりも甘い方が好きでしょう?


気持ちいい事、好きな事、幸せな時間、それのどこがいけないの。


気持ち良くて、好きで幸せならそれでいいじゃない。


綺麗じゃなくたっていいじゃない。


私は何も答えられなかった。



ある日、彼の家からの帰り道。


公園で遊ぶ楽しく子供たちがふと目に入った。


その様子はすごく楽しそうで、何より綺麗だった。


ただその公園は走り回るにはあまりに狭くて、あの子たちが楽しめる時間もそう長くは無いんだろうなとも思った。


「あ...」


そうか、そういう事か


私はため息をついた。


「大人になんてなりたくないな」



もう一人の私、答えが決まった気がするよ。


気持ちいい事、好きな事、幸せな時間、やっぱり全部やめたくないよ、溺れてたいよ。


でも、やっぱりダメなんだ。


あの子達のように、私たちの関係もあの部屋からいつか出なきゃいけない。


このままじゃ私も、そして彼もどこにもいけない、何も変われない。


これは終わるための恋、それが私の答え。


そういう事だからさ、これでおしまいにしよう。


私は甘いコーヒーを飲み干した。



とある週末の深夜0時、あのコンビニで「お気に入り」を見つけた。


彼の声、表情、仕草、と一緒に色んな思い出と感情が頭をよぎる。


「ありがとう」


私は横の苦いコーヒーを1つ買ってコンビニを出た。

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夜とコーヒー かつどん @katsudon39

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