Day26 標本
祖父が物置に置いてあった蝶の標本を見せてくれた。
「婆さんを怒らせてしまうからな、標本作りはひっそりやっていたんだよ」
祖父は言った。殺生に人一倍厳しかった祖母のもとで標本を作るのは苦労しただろう。
標本にされていたのは特に珍しい蝶ではなく、時々見かけるアゲハチョウ。ほんのり光る黄色の羽が美しさを訴えている。
母に似て虫が嫌いな私が見ても、何も感じないだろうと思っていたのだが、少し事情が違った。
アゲハチョウを美しい、と感じたのだ。
細部まで丁寧に見たわけではない。それでも、何故か彼女の孕む美貌に釘付けになっている私がいた。
標本にされた側の蝶からしてみれば、不本意な『終わり』だっただろう。しかし、終わってしまった後も、私の目には美しく見える。
物の見方次第で、感じ方は変わってくるらしい。それは恐らく、『終わり』についても同じなのだろう。
祖母はそういう意味で森羅万象は美しいと言っていたのか。どんな物でも美しいと思える側面がある、ということなのだろうか。
「婆さんに先に行かれちゃあ、こっそり作る理由もなくてなぁ。標本作りも寂しいよ」
標本の入ったケースを撫で、祖父は言う。祖父の背後で祖母が怒る姿が目に浮かぶ。
でも、と祖父は言った。
「隠れてやらないと、向こうに行った時に怒られちまうなぁ」
祖父の目には少しだけ涙が溜まっているように見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます