夢の回転木馬 櫛森あれん
@Talkstand_bungeibu
夢の回転木馬
いったい誰が、僕をこの深い世界から見つけてくれるでしょうか?
ちりかすちゃんを知っているだろうか?
この日本に生きている一億人と数千万の人たちのほとんどほぼすべての人々が知らないのも無理はない。彼女には、亡国の暴言を吐きまくる大統領だとか、動画サイトで爆発的に人気になった謎のおじさんのような、世の中に何かしらの影響を与えるような、そんな存在ではないからだ。
人知れずひっそり現れて、人知れずひっそりと消えていった。そんなどこにでもいる地下アイドルのひとりである。
千年にひとりの美少女だったとか、奇跡のような歌声持っていたとか、血を吐く努力をしてパフォーマンスを磨いていたとか、私の知る限りでは、まったくなかった。
数百人程度のファンと、同じくらいのアンチ、たったひとつのサイト。
それが、彼女がこの世界に残したものだ。
「ちりかす」は公式の愛称で、正式なアイドルネームは塵山華墨、享年19歳。好きなものはバナナの入ったミックスジュース。イメージカラーはショッキングイエロー。好きな動物はナマケモノ。イラストを描くのが趣味で、グッズやジャケのデザインは自ら行い、作詞もしていたし、舞台演出なんかもやっていたらしい。
噂では、彼女は誰それという日本画家の大家の婚外子だという話だったが、本当かどうかは知らない。だって噂だから。
私を含めて、彼女のファンは口を揃えて言うだろう。
決して、特別な女の子ではなかったと。
そういうのが魅力の子は大勢いると思う。素朴さだとか、親近感だとか、応援したくなるような幼さだとか、そういうので売り出しているアイドルは掃いて捨てるほどいるだろう。
でも、彼女はそのどういった子たちとも違っていて、どこか、とても自然に普通の子だったのだ。
どこにでもいるよね、そう言われて忘れられてしまう容姿。
その中身が、どれほど、ぐちゃぐちゃで、いびつで、むちゃくちゃで、醜くて、一生忘れられないほどひどいもので満たされているか、それは、本当に、ごく一部のファンしか知らなかった。
私のもとに、そのURLが送られてきたのは、ちりかすちゃんの一周忌が終わった次の日のことだった。
Le manege de rêve.
「夢の回転木馬」という意味らしいフランス語が踊るそのページには、そのきらびやかな夢心地のする雰囲気とは裏腹に、なぜかおどろおどろしい言葉の羅列が見え隠れしていた。
どうやらそれらは、二次創作の小説らしかった。
私の知らないキャラクターたちが、ifの世界で恋愛に似た何かのようなドロドロの愛憎劇を繰り広げて死んでいく。
私はそれを夢中で読み耽った。
そして数分後に、こう思った。
「これを世に出さねば」
ちりかすちゃんの名前を使って、私が小説を“書き出した”のは、それからだった。
「先生の創作の起源は、そういった理由だったんですね」
眼前のインタビュアーが、意味深に頷いている。
別に深い理由なんてなかっただろうに、興味深いですと、律儀に答えてくれる女性を見ていると、なんだかすこし罪悪感を覚えてしまった。
私はもうすぐ作家業に幕を引く。
これは、最後に、自分がどうして小説家というものになったのかを誰かに語りたかった。
ストックとして貯めていた彼女の文章は、もう残り少ない。
私の役目はもうすぐ終わるのだ。
この世界に、彼女が生きていたという証を残せたことの満足感に浸りつつ、私はそっとタブレットの画面に手を伸ばした。
もうすぐ期限切れになってしまうサイト。
彼女が生きた証。
夢の回転木馬 櫛森あれん @Talkstand_bungeibu
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