六・四
目を疑った。幻か走馬灯でも見ているのだと思った。だが今僕の目に前にいるのは、紛れもない栞その人だ。あまりにも唐突な再会に、僕は呆然とするしかなかった。
「やっと会えた。やっと、あなたに……!」
「なっ……!」
驚愕と混乱で声が出ない。微かに絞り出した言葉は風の音と共に消えてゆく。そんな様子の僕に、彼女は次々と言葉を投げかけた。
「こーちゃん。私ね、あなたに伝えたいことがあってここへ来たの。私、全部知ってるよ。あなたが私のためにどれだけ頑張ってくれてたのか。こんな私のために、どれだけ辛い思いをしてきたか
「本当に嬉しかった。こーちゃんの想いや頑張りを知れて、本当に
「これじゃ、感謝してもしきれないね。けど言わなきゃ。ありがとう、こーちゃん。こんな言葉じゃ足りないけれど、それでも、ありがとう
「でもね、あなたに言わなきゃいけないことがあるんだ。こんなことを言うのは正直酷いかなって思うし、少し気が引けるんだけど、でも私は逃げない。誓ったんだ。もうあなたを苦しめたいって。だからあなたも逃げないで聞いてほしい」
栞は一瞬、辛そうな表情を浮かべた。ほんの少し地面を見つめてためらっている様子を見せたが、やがて何かを覚悟したような顔になって、こちらを見つめた。
やめろ。
やめてくれ。
彼女が何を言おうとしているかは分からない。だが僕にはそれが、僕にとって最も恐ろしく残酷な真実のように思えて仕方がなかった。
頼む。
その言葉だけはどうしたって聞きたくない。
彼女が口を開く。
「あなたに私は守れない」
「……え?」
淡々と発せられたその一言を、僕は素直に受け止めることができなかった。
「ど、どうしてだ? どうしてそんなことを言うんだ? 確かに今まではずっと上手くいかなかった。何度も何度も失敗した。それは事実だ。でも! でも、今度はきっと助けられるはずだ! 超越者になれば、僕はこの世の理から外れた存在になれる。誰にも観測できないこの宇宙の外側から一方的に干渉できる。四次元の領域から何度でも時を巻き戻すことだってできる! それなら……」
「なら?」
「なら、成功するまで永遠に挑戦し続けられる。これまでと同じだ。たった一つの正解を求めて、悠久の時の中でトライ&エラーを繰り返す。そうすれば、いつか必ず辿り着けるはずなんだ。僕の求めるその答えに……!」
何度失敗したって構やしない。また何度も挑み続けるだけのことだ。僕にとっては、ここで足を止めてしまうことの方がよっぽど恐ろしかった。
「僕は止まるわけにはいかない。諦めるわけにはいかない。無意味だって認めたら負けなんだ! 失敗を失敗のまま終わらせたら駄目なんだ! そんなのは認めない。僕は探し続ける。そして必ず見つける! お前の死なない世界を!」
「……そっか。そんなに強い覚悟だったなんて、私知らなかった。やっぱり嬉しいな。でもね、それは無理だよ」
「どうして!」
「だって、あなたが囚われようとしている永劫回帰の中に、その答えはないもの」
「何でそんなことが分かるんだ! やってみなきゃ分からないだろ! それにそんなことは人には語りえないことだ。だから僕は挑む。挑んで挑んで挑み続けて、いつか答えに辿り着いてみせる。僕には力があるんだ! 運命を覆すことのできる力が! それを使えば、必ず、お前を……」
「違うよ」
栞はあっさりと僕の言葉を否定した。
「それはこーちゃんにとって語りえないこと。私は語ることができる。こーちゃんは思い違いをしてるんだよ。こーちゃんは私が死なない世界を見つけられるって、作り出せるって、そう考えている。自分が私の運命を決められると信じてる。でもそれは違う。だって——」
「私の運命を決めるのは、決められるのは、私だけなんだよ」
——心の奥底で、何かが砕ける音がした。
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