五・二
何かが聞こえる。
眠る牛の首で笛を吹いたような音が聞こえる。
星の歌声だ。
美しいハーモニーだ。
その音色に交じって笑い声が聞こえる。
僕はゆっくりと目を開ける。
海王星の周りでギリシアの男たちが踊っている。石膏の肌に灼熱の汗が弾ける。誰も彼もが楽しそうだ。僕もその輪に入りたくなって、近くの小さな陰茎の男に頼んでみた。すると男は駄目だと言った。「だって君は本の押し花を探さなきゃ。早くしないと枯れてしまう」。ああ、そうかと僕は納得した。彼らの傍を離れよう。すぐに本の押し花を探さなくては。
僕は赤レンガの畑に向かってみた。
埃にまみれたカエデの木が彗星の尾に揺れていた。午後の陽光がオルメカ・ゴシックのピラミッドを青く染める。渦巻く天王星の肥やしの中で自慰をする鳥脚の女たちに僕は尋ねた。「おやまあ、惑星の糞はそんなに気持ちがいいのかい」。すると女たちは金切り声で叫び出す。「アンタも夢中になってみるかい」。僕も混じってみたかったのだけれど、生憎ここに本の押し花は無かったから別のところへ向かうことにした。
土星の環が満天の夜空を描く商店街では、千人の猛り狂ったアングロサクソン人たちが奔放なギロチンを貪り食っていた。「よお、本の押し花は売ってないのかい」。すぐそこにいたゼリー脳のアンドロギュノスに聞いてみた。「そんなもんここにあるわけねえだろう。それよりお前もザリガニとセックスしてみないか」。そいつは自分の初物を自分の陰茎で奪い取ると、よだれを流しながら体をぴくぴく動かした。少し羨ましくはあったけれど、僕は急がなきゃいけなかったので商店街を通り抜けた。
風車が植えられた巨大な木星色の寺院では、赤いセーターを着た仏像の群れが地鳴りのようなサクソフォンを奏でていた。ハーネスをつけたサラブレッドの巨人が僕に言った。「あたくしは明日の塩焼きが好きなんだけど、釣りをすると仏陀か一昨日しか釣れないから困るんだ」。僕も同じ意見だったので深く頷いた。それからこいつに質問した。「本の押し花はどこにあるのかな」。こいつはしばらく馬の蹄で口を磨いてからそれに答えた。「それならきっと碧いガラクタ玉の中にあるよ」。僕はお礼にたてがみで編んだ靴をあげて寺院を出た。
火星の砂で建てられたブルジュ・ハリファのてっぺんには、スコーンを頬張る白い卵男がいた。「にせうみがめのスープほど美味しいものはないよね」。卵男がそう言ったので僕は少しムッとして、「やいやい、コオロギの方がよっぽど美味しいぞ」。すると卵男は自分の殻を三回撫でて、「まいったまいった。まったくもってその通りだ」。すると卵男は陽気な歌を歌いながらてっぺんから落っこちて、真っ赤な砂嵐の中心に黄色い中身をぶちまけた。本の押し花のことを尋ねようと思っていたから僕は落胆した。
ルナティック・アポカリプスが辺り一面に広がる無重力の丘に来ると、秋のブローチを首にかけた男が僕を見ていた。「それが本の押し花かい」。僕がブローチを指さして聞いてみると、男は首を振って、「違うよ。ここにはない。君の探し物はあっちだよ」。男が指差す方には碧く輝くブリキのボールが浮かんでいた。
そうか、これが碧いガラクタ玉なのか。
傍に寄って目を凝らすと、白くて儚い何かが視界に映った。「これが本の押し花かな」。僕が呟くとさっきの男が言った。「そうだよ。それが君の探していたものだ」。
ああ、これは、僕が探し求めていたものだ。
もう誰にも奪わせたりしない。
僕の大切なもの。
栞。
僕がこれから守り抜こう。
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