五 終着点

五・一

 きっかけは些細なことだった。

「二〇〇一年宇宙の旅」という映画を見たことが原因だった。


 この作品では終盤、とある登場人物が肉体を捨て、エネルギー生命体と呼ばれる精神のみの生命体へと進化を遂げる、というシーンがある。もっともこのシーンはここまで分かりやすく描写されているわけではなくて、巨大な赤ん坊が地球の軌道上に浮かんでいるという何とも奇妙で難解な演出によって表現されているのだが——その難解さが本作の魅力の一つである——とにかく僕はこの場面を見てある疑問を持った。


 僕は人をやめられるだろうか


 もし僕が肉体の制限から解放され、世の理を超えた、まさに神の如き存在になっている事態を確定させれば、今度こそ栞を助けることができるのではないだろうか。


 無論、始めから確信できたわけではない。いつかの世界でヒーローのような超人になった時はあえなく失敗した。その前例があるから、僕は必ずしも超越的存在になる選択が正しいとは思えなかった。だがやってみる価値はあるかもしれない。当たり前のことではあるが、超人だった時もそれ以外の今までの世界でも、僕は常に人間だった。超能力を持っていようが僕は結局ただの人間で、それ以上の高次の存在になったことは一度もなかった。

 ならば答えはそこに隠されているのかもしれない。これまでの失敗の原因は僕が人間だったことにあって、僕が人間でない存在であればあるいは成功するかもしれない。そうでなくとも、何か成功に繋がるヒントが見つかるかもしれない。

 僕に残された世界はそう多くないのだ。

 可能性は全て試さなければならないだろう。


 僕はさっそく——その世界の栞が死んだ後で——可能性を探してみることにした。


 気がかりだったのは僕にその世界が知覚できるかどうかだった。超越的存在などという極めて倫理的で形而上学的な存在は、恐らく語りえぬことに分類されるものである。語りえぬことは思考できない。思考できないからこそそれは語りえない。ならば僕がそれを知覚することもまたできないのではないだろうか。そんな一抹の不安を抱えながら、僕は念入りに事態を探してみた。案外あっさりと見つかった。

 語りえぬことは、命題の真偽が判断できない状況にあるから語りえないのだ。真偽が判別できる状況にあれば、それは語りえることになる。そういうことらしかった。


 見つけたのは、僕が肉体を持たず精神のみで宇宙を彷徨っている世界だった。


 物は試しだ。

 トライ&エラーを始めよう。


 意識が消滅した。

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