第二話

 明善は応接室に少女を通し、話を聞くことに。

「まず、君の名前を聞いていいかい?」

「はい。沢宮由紀と言います」

 明善は人の良さそうな笑顔を心がけながら、少女を観察。少女が来ている制服は、ここら辺の田舎では珍しい優所あるお嬢様校。中高一貫校であり、大学にもエスカレータ式で進学できるお金持ちが多い高校だ。

 沢宮は皺一つない制服を着こなし、ローファーも丁寧にワックス掛けされている。髪や爪も綺麗に切り揃えられている。彼女の家が裕福かどうかわからないが、育ちが良いことは確かだ。

「んで、沢宮さんは今日何を相談しに署に来たのかな?」

 明善はくだけた言葉で問いかける。彼女はまだ十代だ。年上の人間に対し、緊張感や警戒心を持ち、話しづらいかもしれない。特に警察官に対しては。明善は現在二十六歳。そこまで大きく歳は離れていない。友人感覚で接した方が、彼女も気を許してくれるだろう。

「こんな朝早くに申し訳ありません。ちょっと相談がありまして」

「いいよ、いいよ。気にしないで。市民の相談に乗るのは、警察の仕事だから。ほら、遠慮しないで」

「あ、あの、実は友人のことでして」

「その友人って、沢宮さんの同級生?」

「はい、そうです」

「その友人がどうかしたのかい?」

「実は、一週間ほど前から家に帰っていないみたいでして」

「家に帰っていない?」

「はい。私や他の友達がスマートフォンで連絡を取ろうとしたんですけど、連絡がつかなくて」

「なるほど。その子の名前、何ていうの?」

我妻和奏あがつま わかな、ちゃんです」

「我妻和奏、と。ちょっと待ってて」

 明善は席を立ち、同僚に我妻和奏という名前で捜索願が出されていないか確認。

「その子の捜索届けは、ないですね。一応、相談や通報がないか確認したんですが、そちらもなかったです」

「そうですか。ありがとうございます」

 捜索届が出されていない? どういうことだ? お嬢様校にわざわざ通わせているのに、親は娘を大切にしていないのか。

 応接室に戻った明善は、沢宮に探りを入れる。

「我妻和奏さんのことについて確認したんだけど、捜索届が出されていなかったんだよ。沢宮さんは我妻さんのご家族について何か知らない?」

「和奏ちゃんの家族ですか? それは、えっと、直接顔を合わせたことはありませんが。ただ……」

 どうも歯切れが悪い。知っているが、自分の口から話すことを躊躇っているようだ。

 なんか訳ありだな。

「とりあえず、我妻さんが行方不明ということはわかった。ただ問題なのは、今回のことに異世界が関係している。そう、沢宮さんは考えたんだよね」

「はい」

「何故、そう思ったか、理由を聞かせてくれるかい」

 これぐらいの年の子なら、家出なんてことはよくあることだ。思春期特有の表現しづらいもどかしさ、学校や親への反発等。明善も子供の頃は全てのしがらみから逃げたいと、何度考えたことか。

 だが、沢宮は単なる家出とは思わなかったようだ。

「一週間前の夜に、和奏ちゃんからメールが来たんです」

 渡されたスマートフォンの画面には、こう書かれていた。

 こっちの世界には、私の居場所はありませんでした。ですが、私のことを必要だと言ってくれた人がいます。私の力が必要だと。向こうの世界に私の居場所があるんです。だから、向こうに行きます。みんなには最後の挨拶として、このメールを送りました。

 メールに書かれている、こっちの世界と向こうの世界、確かに異世界に行くとも読み取れる。

「我妻さんの当日の様子は、どうだったかな?」

「その日は高校の終業式で、式が終わった後、和奏ちゃんを含めた数人の友達とカラオケに行ったんです。その時、和奏ちゃん、何となく表情が暗くて。なんか思い詰めたような。それで彼女がトイレに行ってる間、テーブルに置いてあった彼女のスマートフォンが目に入ったんです。一瞬だったんですけど、その文面にはこれからそっちに、に向かいますと」

 明善は内心嫌気が差した。

 アルミトスか、これまた面倒な異世界だな。

 明善は我妻の家の住所、カラオケ店の名前など必要な情報を聞き出し、メモに書き連ねていく。

「質問に答えてくれて、ありがとう。こっちで調べてみるから」

「はい、お願いします!」

 沢宮は立ち上がり、明善に深々と頭を下げる。

 沢宮を見送った後、明善は署の三階に駆け上がる。三階の一番奥、異世界犯罪対策課、通称異犯対と呼ばれる部署が存在する。

「よお、お疲れ」

 明善が部屋に入ると、中年男性がコーヒーを飲んでいた。

「落合さん、おはようございます。来てたんですね」

 彼の名前は落合真一郎。異犯対の課長であり、階級は警部。

「出勤した時に聞いたよ、何か事件があったんだろ?」

「ええ。女子高生から相談がありまして。友人が一週間前から行方不明で、異世界に渡ったかもしれないと」

「またか。まあ、この時期は毎年多いしな」

 今は八月初め。夏休みが始まり、学生達は浮き足立っている。そして異世界人はそれを見逃さない。若くはしゃいでいる若者を甘い言葉で唆し、異世界に連れて行こうとするのだ。

「で、どこの世界に連れて行かれたの?」

「それが、アルミトスらしいんですよ」

「アルミトス? 俺もあまり詳しくないが、確か秘密主義の……」

「ええ。アルミトスはこちらの世界を含め、他の世界との交流が極端に少ないんですよ。もちろん、世界間犯罪協力条約にも所属していない」

 世界間犯罪協力条約とは、世界間での犯罪行為の取り締まりや、犯人の受け渡し、捜査協力などを制定した条約だ。アルミトスはこの条約に加盟していないため、こちらの世界、日本警察からの捜査協力要請を突っぱねるかもしれない。

「しかも、アルミトスはホルスという他の世界と戦争中なんですよね。もしかしたら、その子は戦争の道具として連れて行かれたかも」

「本当に面倒な事件になりそうだな」

「ええ。その子がまだこちらの世界にいてくれたらいいのですが。とりあえず捜索に当たります。落合さんは昨日の事件の後処理をお願いします」

「あれを俺と谷家の二人でやるのか」

「大丈夫ですよ。一課の東洞さんが手伝ってくれるとのことです」

「ほんじゃ、その厚意に甘えるとしますか」

「では、俺は情報収集に向かいます」

 明善は朝食の入ったレジ袋を持ち、駐車場への覆面パトカーへ向かった。

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