第一章 女子高生行方不明事件
第一話
「いっだ!」
暁明善は頭部への痛みで、思わず目を覚ます。鈍い痛みが走る後頭部に手をやると、何か重い物が乗っかっている。確認してみるとそれは分厚いファイルだった。
「あー、寝落ちしたのか」
明善が座っている机には、サイズの分厚いファイルがうず高く積み上げられており、居眠りしている間に一冊が明善の頭に落ちて直撃したのだ。
「今、何時?」
明善が机に置いてある時計に目をやると、午前六時を回ったばかり。三階の窓からは薄暗い空と差し込む朝日が見える。
「もう、朝か」
明善の腹から空腹を訴える重低音。寝不足と相まって体が少しだるい。
「メシにするか」
このままでは頭が回らない。疲れ切った体にエネルギーを補給すべく、コンビニへ向かう。
三階の部屋から一階まで降りる間に、すれ違う制服警官や同じく夜勤明けの刑事達と挨拶をする。
明善の職業は警察官で階級は巡査長。とある東北地方の警察署に勤務している。ただ、彼が所属している部署はかなり特殊な部署であり、警察組織でも異端だ。
「よう、暁!」
背中に強い衝撃。明善が背中を摩りながら振り向くと、スーツ姿の中年男性。禿げ上がった頭に顎髭を蓄えており、体格は縦にも横にも長い。捜査一課の刑事である東洞紀昭は右手を突き出しており、ニカっと歯を見せて笑う。
「どうした、その目のクマ? 寝不足か?」
「ええ、昨日の不法渡航の件ですよ」
「俺はあっち側のことはよくわからないが、事後処理とかが大変なのか? 単なる身元確認だけじゃないのか?」
「最初は俺もそう思っていました」
明善が所属している部署の名前は、異世界犯罪対策課と言う。その名の通り、異世界関連の犯罪を管轄とする。
昨日の件とは、若者の集団が異世界に旅立とうとした件だ。異世界に許可なく渡航することは禁止されている。現在日本の法律で許可されているのは、警察官や一部の官僚のみだ。一般人はごく少数の例外を除き、基本的には渡航できない。
それは世間にも周知されている。だが、一般人の中には異世界人に唆され、法律を破ってでも異世界渡航を行おうとする者が後を絶たない。
「てっきり異世界不法渡航罪のみと思っていたんですよ。今回の計画を立てた異世界人、ノーブスの異世界人を取り調べたのですが、いやー、余罪が出るわ出るわ。こちらの技術や製品を不法にあちらに持ち込んで売買していたようで。中にはヤクザから購入した麻薬も見つかったんですよ」
「わお! そりゃすごい」
異世界関連の法律は、不法渡航罪のみではない。双方の世界の経済への影響、技術流出、モラルなどから許可なく製品や情報、技術の持ち込みが禁止されている。一応許可を取れば商品を持ち込んで商売をすることができるが、双方の世界の厳しい審査をクリアする必要がある。
「麻薬まで持ち込もうとしたのは、恐れ入った。それでノーブスだっけ? そいつらは何故こっちの人間を連れて行こうとしたんだ?」
「まだ取り調べの途中なんですが、どうやらあちらの権力闘争に利用するつもりだったと」
「権力闘争?」
「ノーブスは五年前に魔王と呼ばれる悪の存在と戦い、辛くも勝利しました。ただ、被害が尋常ではなく、あちらの国々が崩壊してしまったんですよ。それで各国はいち早く国を立て直し、世界の覇権を狙っているんです」
「なるほどね。小説みたいに魔王を倒して、はいお終いというわけにはいかないのか。どこの世界も雄を競うわけだ」
「ええ。それでこっちの人間をあちらにつれていき、兵器として使おうとしたと」
ノーブスは肥沃な大地を誇り、魔法と紡績業が発展した国だ。あちらの住人は誰もが魔法を使い、奇跡を自由に起こせる。対してこちらの世界の人間は魔法は使えない。それなのに何故、法を犯してまでこちらの世界の人間を連れて行こうとするのか、それにはとある理由がある。その理由とは、転移した時にその世界の力を使えるようになるからだ。異世界ではそれぞれ、魔法や加護、スキル、ルーンなど様々な力が溢れている。まだ原因は不明だが、こちらの世界の人間は、向こうに行くとあちらの世界の力を授かり、なおかつその力は規格外な巨大である場合が往々にして多い。確認されている中では、国一つを簡単に吹き飛ばしたり、時を自由に操る力などがある。だから、異世界人はこちらの世界の人間を連れて行こうとする。向こうの世界では都合の良い道具として使われるが、表面上は待遇が良い場合が多い。本人達も道具扱いされていることには薄々気づいているが、巨大な力による征服感、万能感を忘れられず、それにこちらに戻ると力が消えてしまうことから、帰ってくる人間は多くない。
「呼び止めて悪かったな。人手が足りなかったら声かけろよ。今日、俺は単なる書類仕事だけだから」
「ははは、その時はお願いします」
明善は東洞と別れ、署を出た。近くにあるコンビニで買い物を済ませ、レジ袋を提げ署に戻ると、窓口の年配婦警から声をかけられる。
「暁さん! ちょっといいかしら?」
「はい、どうしました?」
「ちょっと、相談したいって子が来ていて」
婦警の視線の先に、制服を着た一人の女子高生。彼女は不安顔で窓口に立っていた。
「あー、もしかして、あっち側の案件ですか?」
「ええ、あっち側」
ノーブスについての残作業がある中での、新しい仕事。
どうやら、東洞にはこちらの仕事を手伝ってもらうことになりそうだ。
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