参章

参ー一

 

 コンビニの壁にもたれ掛かり、店内で買ったイチゴ牛乳の紙パックにストローを差す。

 

 セーラー服の制服を着ていたせいなのか、俺の髪色が金髪であったからなのか。

 それが何であったとしても、こちらをチラ見してくる大人たちの視線が痛く感じた。


 認めざるを得ないが、やはり制服姿の金髪女子高生が喫煙所に居るのは問題があったようだ。

 高身長の長髪流し目男と金髪女子高生。成人男性と未成年が一緒に居るというのは、他人の目から見てしまえば明らかに不自然な光景であるのに違いない。

 

 俺と宗一郎との間には二回りほど年齢差がある為なのか、喫煙所に居た大人達から奇妙な物を見る目つきで見られた。


 ストローの先端を嚙み続けながら、顔を動かさずに横目で大人たちを睨みつける。

 

「皆さん安心してください。この人は私の無害なパパ活相手ですよ」

「こらっ!」


 冗談半分で言った直後、俺の頭頂部に痛みが走った。

 無論、痛みの原因は宗一郎の拳骨によるもの。


 冗談で言ったはいいものの、喫煙所の周囲に居た人達には冗談が通じなかったらしく、周囲に居た大人たちは俺たちを残して何処かに向かった。


「柚子葉さん。今のご時世、そんな冗談は通じませんよ!」

 

 宗一郎が言った。


 確かに宗一郎の言うとおりだ。

 情報が錯綜するネットの世界ならまだしも、ここは東京の端に存在する八童子市。


 よそ者に疎外感を与え、町民以外の者を一切寄り付かせない彼らの行動と言動。

 たとえ、それが町をよそ者から守る故の行為であっても、俺や宗一郎といった部外者からしてみれば、狂った行為としか見られなかった。


 八童子市に住んでいるネクタイ仮面さんが以前、「八童子市は東京ではあるけど、東京だとは思えないほど田舎臭い場所」だと言っていた気がする。


 等と考えながら宗一郎に視線を送る。

 

「なあ宗一郎、そのライターって山男に攫われた時、俺が持ってた物なんだ」

「山男。八尾山で遭遇した化け物の事ですよね?」


 煙草を口に咥え、頬に垂れていた長髪をかき上げた宗一郎。それから彼は指で煙草を挟み、灰皿に向けて煙草の灰を落とした。


 恐怖からくるものであるのか、煙草を挟んでいた宗一郎の指先が小刻みに震えている。

 霊的存在に出くわした日の事を物語っているようにも思えた。

 

 あの夜から数週間ほどの時間が経過した。

 化け物と遭遇した当事者同士ではあったが、彼の方は事件当日の出来事を未だに忘れられなかったようだ。


 悩ましい表情を浮かべた宗一郎に目掛け、痛くない程度の肘打ちをする。

 

「そんなに怖がるなよ。志恩が言ってたように怪段級の妖怪は街中に現れないって」

「怖がっていません。私が考えてたのは、桑真高校の面接試験で霊的存在の話を訊かれるのではないかということ」

「え、面接試験で?」

「はい。八童志恩さんが妖怪だと知った今、私の目には旧家の者の全員が志恩さんを妖怪だと知っているように見えるんです」


 宗一郎は煙草を灰皿に落とし、胸ポケットから新しい煙草を取り出した。


 確かに宗一郎の話は筋が通っている。

 旧家の生まれである八童志恩が桑真高校の卒業生であれば、旧家の者が通う桑真高校三部の関係者は、彼が妖怪である事実を知っているはず。


 数週間前、志恩が楢野家と合同で妖怪を祓った事を考えれば、どの程度であっても周囲の人間達には知れ渡っているに違いない。

 けれども、八童志恩が桑真高校に通っていたのは二十年も前。彼の素性を知っている者が現在も居るのだろうか。

 

「恐らく、面接官の方々は霊的存在についての質問をしてくるでしょう。その時は何て答えるんですか?」

 

 宗一郎が言った。


 何度も面接練習をしたのにも関わらず、何て答えたらいいのか思い浮かばなかった。


 志恩が鴉天狗の妖怪だと知ったのも数週間前だし、隻夜叉という鬼の妖怪が存在しているのも最近知ったばかりだ。

 仮に面接時に『幽霊や妖怪などの存在を信じていますか?』などと訊かれれば、俺は真っ先に志恩の存在を思い浮かべ、『いいえ、信じていません』と答えるだろう。


 口は災いを呼ぶ物であり、力が宿った言葉は言霊と化す。

 言霊と化した言葉には想いが込められ、想いを汲み取るように様々な事象を引き寄せるとも言う。


 仮にでも『信じている』という言葉を口にしても、相手が普通の人間であれば証明のしようがない。

 面接官の人間が霊的存在を知っていたとして、倉敷家の庶子である俺が「視える側」だという事は信じないだろう。

 

 八童子市の表の顔や旧家の存在を噂程度にしか知らない俺にとって、幽霊や妖怪が実在するのだと他人に伝えるのは無理があった。


 普通の人間であれば、特別な人間でなければ、霊感のある人間でなければ、それらの存在は視認できない。


 仮に俺が視えない側の人間だったとしても、面接官に正直には答えない。

 聞こえない物が聴こえたとして、見えない物が視えてしまったとしても、それを他人に理解してもらうには十分な説明が必要であるからだ。


 等と考えながら、宗一郎の質問に答えた。

 

「分かんない。あの夜、あんな事になったけど、俺の言葉は誰にも信用されない物でしかない。宗一郎だって、八尾山で志恩と会うまでは信じてなかったでしょ?」

「まあ――確かにそうですが」

「それに、仮に高校側の関係者が志恩を妖怪だと知っていても、俺からして見れば好きになった人が特別な存在だっただけだし、志恩を出しにしてまで合格したくはないかな」

「なるほど、柚子葉さんらしい答えですね。では、そろそろ学校に向かいますか」


 持っていたイチゴ牛乳をゴミ箱に入れ、車の助手席に座った。

 俺を乗せた車は八童子市役所前を通り過ぎていき、そのまま桑真高校のある最寄り駅に到着。


 桑真高校へと続く一本道には現代的な建物が立ち並び、耳を澄ませば電車の走る音も聴こえる。

 山々に囲まれた河口町とは異なり、桑真高校がある台町は僅かだが東京らしさを垣間見られた。


 最寄り駅から目的地まで続く緩やかな坂道に目を凝らすと、同年代の制服姿の生徒が試験会場へと向かっているのが見える。

 その後、宗一郎が運転する車は桑真高校から五分程度の距離にあるコンビニの駐車場へと止まった。

 

 足元に置いていた学生鞄を持ち上げ、車から降りた。

 

「宗一郎、送ってくれてありがとう。志恩が暇だったらアイツに送ってもらうつもりだったのに」

「大丈夫ですよ。試験が終わる頃、迎えに来ますね」


 腕時計に視線を落とした宗一郎。

 彼の動きに合わせて俺もポケットからスマホを取り出す。


「朝の八時ですか。試験前まで一時間を切りました。他の受験者も到着しているでしょうし、そろそろ向かった方がいいかもしれませんね」

 

 宗一郎が言った。

 試験の開始時間は九時半からであったが、宗一郎が言っていた通り、早めに会場入りするのも悪くはない。

 

「じゃあ行ってきまーす」

「はい。頑張ってください」


 宗一郎に向かって手を振り、持っていたスマホを凝視しながら桑真高校へと向かった。


――


 時刻は十二時丁度。

 時針と分針が一つに重なり合った瞬間、筆記試験終了の鐘が鳴る。

 

 転入受験の筆記試験終了の鐘が試験会場に鳴り、俺は合図と共に握っていたペンを机に置いた。

 その直後、試験官と思われる桑真高校関係者の一人が言った、『白の腕章を着けた受験生の皆さん。係りの者が用紙を回収いたしますので、筆記試験は終了です。試験用紙は机に置いたまま会場から退出してください』との言葉が試験会場に響き渡る。


 極度の緊張から解放されたお陰なのか、心に余裕が出来たことから周囲を見渡すことが出来た。

 

「こんなに転入希望者が居るなんて思わなかった」


 周囲を見渡してみると、そこには三十人ほどの転入希望者達の姿があり、それぞれが異なった学生服を着ている。

 肩を落とした男子生徒の姿や表情を明るくした女生徒が目に入り、そのどれもが神に祈るような仕草をしていた。


「受験番号十二番さん。受験票と試験用紙を回収致します。用紙の表に記述されている通り、面接試験の時間が来るまでは外出しても構いませんし、学校敷地内に居ても構いません。筆記試験お疲れさまでした」

 

 他の受験生から試験用紙を回収し終えたのか、俺の隣に移動してきた係りの者が言った。


 その後、俺は係りの者に試験用紙を渡し、同じように会場から出ていく生徒に紛れ、試験会場である桑真高校の体育館から退出。

 

 受験者である証の白い腕章に視線を送り、廊下を見渡した。

 

「あとは面接試験だけか。時間までは敷地内でブラブラして良いみたいだし、お昼ご飯でも食べに行こうかな」


 敷地内の各所に点在してある売店や食堂へと向かう受験生。

 それらが作った行列に紛れ、目的地に向かって歩き続けた。

 

 学生鞄に入れていた桑真高校パンフレットを抜き取り、敷地内の案内図が載っているページを広げる。

 

「今いるのが体育館だから、一番近いのは第三棟の校舎一階にある食堂か」


 桑真高校は三部単位制という特徴があるからなのか、複数の校舎が敷地内の各所に存在する。

 事前に調査した限りでは、一部や二部、三部の生徒専用施設まであるらしい。何十年も前に建てられた学園とは思えないほど、最新施設には機材が完備しているようだ。


 流石は中高一貫校という事だけもあるのだろうか。


 第三棟の食堂に入り、近くに置かれていた食券自販機へと向かう。

 

「転入試験だっていうのに、こんなに生徒が居るんだ」


 青や黄色といった腕章を着けた生徒が目に入る。パンフレットに記載されている事実が本当であれば、彼女たちは一部と二部の生徒のようだ。


 食堂内には食券自販機が複数ほど存在していたが、その多くは生徒たちによって長蛇の列が作られている。

 

「こんな事になるぐらいだったら、志恩が言っていた通り朝食を食べておけば良かった」


 空腹までとはいかないが、確かにお腹は空いている。

 このまま列に並んでいたとして、仮にでも食券を買うことが出来ても面接で自分の番が来るかもしれない。


 等と考えながら周囲を眺めていると、視線の先に食券自販機が一台だけ佇んでいるのが目に入った。

 

 在学中の生徒や受験生が並んでいない食券自販機へと近づき、肩に掛けていた学生鞄から財布を取り出す。

 見るからに怪しそうな自販機ではあったが、面接時間が差し迫っているという思いからなのか、何の躊躇いもせずに食券を購入した。

 

「皆なんで使わないんだろう。空いてるんだからこっちの方を使えばいいのに」


 自販機が吐き出した食券を手に取った直後、辺りが静寂に包まれた。

 これまで生きていて何度も感じたであろう空気に驚くこともなく周囲を見渡してみると、楽し気な会話をしていたはずの生徒たちが俺を凝視していたようだ。


 不快感に慣れ親しんでいた俺にとってはどうでもよかったことではあったが、こちらを凝視する周囲の生徒の視線からすると、俺は間違いを起こしてしまったらしい。


「ねえ君、もしかして――その自販機で食券を買ったの?」

 

 唖然とした表情を浮かべながら、こちらに近づく女生徒が言った。


「まあ――買いましたけど。何か不味かったですか?」

「その自販機は三部の生徒専用の自販機なんだ。桑真高校へ通うことになるんだったら気を付けた方が良いよ」


 視線を彷徨わせながら女生徒が言った。

 何かに怯えるような態度を見せる女生徒。彼女は周囲に三部の生徒が居ないのを確認したらしく、俺の手を引っ張り食堂の隅へと向かっていった。


 彼女の話によると、桑真高校の高等部と中等部には、スクールカーストのような身分制度が存在しているらしい。

 嫡子や芸能に身を置く生徒ならまだしも、優劣といった身分序列が存在する桑真高校で普通に学生生活を送りたいのであれば、こういった間違いには気を付けた方が良いとのことだ。


 ただの自販機だというのに変な話だ。全くもってくだらない。

 

「教えてくれて有難うございます」

「誰にでも間違いはあるからね。転入試験に受かったら――」


 女生徒が何かを言おうとした直後、食堂に校内アナウンスが鳴った。

『受験番号十二番、〇〇女学園からお越しの倉敷柚子葉さん。面接時間五分前になりましたので、第三棟の五階にある面接会場までお越しください』とのアナウンスが第三棟の食堂に響き渡る。


 名前を呼ばれた事から自分が呼ばれていることは理解できたが、万が一同姓同名の受験生が居るのではないかと思い、学生鞄に入れていた受験票を手に取り確認する。

 

「ちぇっ、受験番号は間違ってない。こんな事ならコンビニで何か買っておけばよかった」

「あ、あの――貴女の御名前って、倉敷柚子葉さんなの?」


 食堂から出て行こうとした直後、先ほどの女生徒が俺の手のひらを掴んだ。

 

「まあ――そうですけど」

「さ、先ほどの失言、大変申し訳ございませんでした――どうか御赦し頂けませんか!?」


 何かに縋りつく様な女生徒の態度。表情は青ざめており、僅かであったが唇を震わせている。

 

「えっと、訳が分かんないんだけど――」

「お、お願い致します。貴女様が三部の関係者だとは知らなかったんです。私は普通の学生生活を送りたいだけなんです。貴女様の貴重な御時間を奪いたかったのではなく――」


 女生徒の震えた手を振り払い、俺は第三棟の五階へと向かった。


 女生徒を食堂に残してから数十分ほどの時間が経過。


 受験生を案内する係りの者を見つけ、俺はやっとの思いで五階の面接会場へと到着。

 

「遅れてしまってすみません。受験番号十二番の倉敷柚子葉です」

「倉敷様お待ちしておりました。会議室で面接官の方々がお待ちです」


 乱れたセーラー服を軽く整え、面接官たちが待っているだろう会議室の扉を開いた。

 

「受験番号十二番、倉敷柚子葉です。遅れてしまって――」

「倉敷柚子葉さん。貴女の転入試験は合格です」


 転入面接開始直後、面接官と思われる男の一言で俺の面接が終わった。

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