間幕


 昔々、東洋の島国に玉藻という狐の妖怪がいました。

 陰陽師によって殺生石に封印された玉藻は、なんとか封印を解こうと、石の中で暴れ回ります。


 でも、多くの陰陽師の力によって作られた殺生石は、そう簡単には壊れませんでした。


 殺生石の封印を解くことが出来なかった玉藻は、石の中で困り果てます。

 

「ふむ。われをここまで追い詰めるとは、安倍の一族もやるようになったな」


 玉藻の声は、殺生石から漏れ出ています。

 彼の妖力は、陰陽師の霊力で作られた殺生石では、抑えきれなかったのです。


 喋る石として人間から恐れられた玉藻は、たちまち、都に住む人間や怨霊、妖怪にまで噂されるようになります。


 殺生石から溢れる玉藻の妖力は、瘴気となって山に生えた木や川を穢し始めました。


 小さく溜め息をこぼす玉藻。

 瘴気に誘き寄せられた人間や雑魚妖怪は、玉藻の妖力の影響を受けて死んでいきます。


 ですが、玉藻が封印されている殺生石に近づいても、瘴気の毒気に当てられない人間がいました。


 殺生石の上に座り、石を撫で回す生臭坊主。

 

 舐められてると思って不機嫌になった玉藻は、殺生石の中から妖力を噴き出しました。

 

 それでも生臭坊主は動じません。

 

 玉藻は、生臭坊主に話しかけます。

 

「貴様、何者だ? どうして生きていられる?」

「玉藻や玉藻。お主にはやってもらわなければならない事がある。こんなところで石となっててもしょうがないだろう。一つ相談だ。その相談に乗ってくれれば、すぐにでも封印を解いてやろう」


 ペチッペチッ、と殺生石を叩き続ける生臭坊主。

 挙句の果てには、ひょうたんに入れていたお酒までのむ始末。


 封印を解くか。

 コイツが何者かは知らんが、利用しない手はないだろう。


 生臭坊主が玉藻に相談した内容は、玉藻にとって、とても簡単なものでした。


 霊力が強い妖怪や人間にでも破壊できない殺生石は、生臭坊主が持っていた"七度返りの宝刀"によって、真っ二つに割れました。


 何年、何十年、何百年も封印されていた玉藻は、久し振りのシャバの空気を存分に味わっていました。

 

「それで、の名前は何というのだ」

「私、桑の都で坊主をしております――」


 生臭坊主は口を濁らせ、話を本題に戻します。

 男が願った願い、それは愛する人を模した土傀儡に霊力を注ぎ込んでほしい事でした。


 霊力とは霊魂から放出する魂の力。

 幾多の困難を乗り越え、一時は西の都の上皇を手玉に取った玉藻には、造作も無い願いでした。


 生臭坊主の願いを聞き入れた玉藻。

 玉藻は願いを叶えるため、人間の女の姿に肉体を変えました。

 

「なるほど。人間らしい願いだな」

「玉藻や玉藻。お主の強大な妖術を私の土傀儡に施してほしい。お主ほどの妖術であれば、土傀儡にも命が宿ると思っておる」


 生臭坊主は背負っていた絵巻を川岸に置き、自身の霊力を絵巻に注ぎ込みます。

 霊力を注ぎ込まれた絵巻は、絵巻に記された呪詛の梵字から土傀儡を出現させました。


 絵巻の上に現れた土傀儡は、真っ赤な小袖に身を包み、力なく横たわっていました。


 土傀儡の彼女を抱き上げた生臭坊主は、玉藻の元へと近づき懇願します。

 

「玉藻や玉藻。この土傀儡には、私の想い人の霊魂が込められております。ですが、彼女の霊魂だけでは動きも致しません。何故なのでしょうか?」


 生臭坊主が抱えた土傀儡の元へと近づく玉藻。

 彼女は土傀儡に手のひらを当てると、土傀儡が動かない原因を理解することができました。

 

「生臭坊主。想い人から奪った霊魂は、全て土傀儡に宿したのか?」

「玉藻や玉藻。勿論でございます。”沙華姫”の霊魂の全てを土傀儡へと注ぎ込みました」


 玉藻の質問に苛立った生臭坊主は天を仰ぎます。


 玉藻は首を横に振って生臭坊主に答えました。

 

「生臭坊主。そなたの土傀儡に宿った沙華姫の霊魂は、すでに転生術によって来世に転生しておるぞ」

「それは真か?」


 玉藻は話を続けます。

 

「うむ。この土傀儡に残った沙華姫の霊魂は、霊魂の残りカスでしかない。動かないのは当たり前であろう」

「何とかならんのか? お主ほどの狐の大妖怪であれば――」


 覇気のない笑顔を浮かべた生臭坊主。

 そんな彼を不憫だと思った玉藻は、自身の手のひらに妖力を宿しました。

 

「勘違いするでない。”動かせない”とは言っておらんぞ」


 沙華姫の土傀儡の額に手を当てた玉藻は、自身の手のひらを介して妖力を注ぎ込みました。


 すると、沙華姫の土傀儡の肌は、死人から生人の物へと戻っていき、土傀儡は息を吹き返したように首を傾ける。


 土傀儡の沙華姫は小さく呟きました。

 

「ここは……浄土ではないようだな」

「沙華姫! 目を覚ましたのか!」


 抱えていた土傀儡を抱きしめる生臭坊主。

 しかし、土傀儡は生臭坊主を跳ね除けました。

 

「ここは何処だ――お主らは誰なのじゃ!」

 

 土傀儡の困惑した様子に驚き、生臭坊主は玉藻を睨みつけます。

 

「玉藻や。これはどういう事なのだ!」

「先ほども言ったであろう。この土傀儡の霊魂は既に転生しておる。吾が行ったのは、妖力を注ぎ込んで動けるようにさせただけである。この土傀儡は沙華姫であって、沙華姫ではない」


 生臭坊主の願いを叶い終えた玉藻は、”願いは叶えてやった。さらばだ”と言い残し、姿を消しました。

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