花を埋める
@sabineko19
第1話 柊の別れ
良いか馬鹿弟子、一筆は一刀に通ず、刀を振るうように筆を振るえ
良いか馬鹿弟子、一筆を以て見尽くし穿ち尽くし解き尽くし、三尽以て刃と為せ
良いか馬鹿弟子、名をお前ェにくれてやるから今後はそう名乗れ。常葉の末の常世花、生かすも殺すも好きにしろ
気狂いの瞳を掲げるお前ェのまんま、達者で暮らせ
あばよ
シューッ、バタン!
ブロロロロロロロ・・・!
一切の躊躇を見せずに薄い緑色のドアが閉まり、何の躊躇いもなく排気ガスを巻き上げ走り去っていく。
車体に描かれた濃い緑色のリボンがたなびくように遠くなっていくのを、見知らぬ町でひとりぼっちになってしまった中学3年生、佐藤都はぼんやりと見送った。
「どうしよう・・・」
未練がましく遠く去り行くバスを目線で追いかけてしまったが、バスは何にも悪くない。
定刻に停留所に到着し乗降を済ませたのだから、何の躊躇も見せずに走り去って当たり前だ。
もしも運転手がもう少しお節介な質であれば、目ぼしい観光スポットも無い停留所に1人で降りていく関西訛りの無いセーラー服の少女に声をかけてくれたかもしれない。
しかし、きっと理由があるのだろうと判断されたのか何も思われなかったのか、整理券に記された番号通りの運賃を払い慌てて降りていく少女を気に留めることなくドアを閉め、1度も振り返る事なくバスを走らせていってしまった。
途方に暮れて回りを見回せば、そこには夕暮れに沈む町がある
そこかしこから聞こえる耳に優しい京言葉
遠くに聞こえる鐘の音
音だけ聞けば“らしさ”を漂わせているが、町屋も無ければ寺社仏閣も無い、観光マップも無く外国人観光客もいない、ごく普通の田舎町。
2階建て以上の建物が無い事が、景観の保護を大切にする京都らしいと言えばらしいだろう。
見知らぬ地名、見知らぬ町並み、見知らぬ人たち。聞き馴染みの無い京言葉は語感こそ優しげだが、己が異邦人であるということを強く思い知らせてくる。
「・・・あのタコスケ、帰れたらバックドロップかけてやる」
都は別に、好きで異邦人になったわけではない。今は3泊4日の京都奈良修学旅行の真っ最中であり、本来ならば、目的地である京都駅に到着してすぐ班員の点呼を取り、駅から徒歩10分の宿舎に向かっているべき3年A組第3班の班長兼、宿舎に到着したらクラス全員分の点呼を取る学級委員なのだ。
そして、学級委員兼三班班長である都が知らない町で異邦人と化した理由は、3班の班員であり学年1のお調子者、たった今都香がタコスケと罵った少年にあった。
1日目は奈良観光、2日目は京都で決められた寺社から各班で2つを選んで回り、3日目の今日は各班が自由に行き先を決める。
都が班長を務める3班は手堅く奈良線の沿線にある大きな寺社2つを観光すると決めて、午前中は平等院、昼食を挟んで午後に伏見稲荷大社を参拝してからバスで京都駅に向かうという計画をたてていた。
ホテルで朝食をとり電車に乗って宇治駅から平等院へ。
昼食は少し歩いて抹茶パフェが有名な店で茶蕎麦を食べてから電車で1本の稲荷駅で降り、三時間近くかけて伏見稲荷大社を満喫したところまでは計画通りに大変楽しかった。
計画を外れたのはここからだ。
稲荷駅から奈良線に乗って5分もすれば京都駅に着く。
乗り換え無しに1本で行けるにも関わらず、件のお調子者が、どうせなら最後に京都の市バスに揺られたい等と我が儘を言い出し、他の班員もそれに同調しはじめた。
三半規管の弱い都は1人でも良いから電車に乗りたかったのだが旅行中の単独行動は厳禁である。班長自ら禁を破る訳にもいかず渋々バスに乗り込んだところで事件は起こった。
バス移動を主張したお調子者が、何をはしゃいだのか停留所が近づくたびに降車ボタンを押しまくり、そしてその都度降りるふりをし始めたのだ。
乗客は勿論運転士も苛々を募らせ、車内はピリピリと殺気だつ。
3班メンバーも都ももちろん何度も止めたが、旅行先で大はしゃぎしてしまったお調子者を止めることはできなかった。
そして5つ目の停留所。
本当に降りる客も無く、苛々が最高潮に達していたらしき運転士によってドアは速やかに閉められた。
降りるふりをしようとするお調子者を引き留めた反動で車外に投げ出された都を置き去りにして。
「あの野郎バックドロップだけじゃ生温ィ、コブラツイストもプラスだ・・・・いやでもなぁ」
ならば悪いのは百パーセントお調子者だけかというと、実はそんなこともないのである。
置き去りにされてしまっても、きちんと停留所に貼ってある時刻表を確認して乗っていたのと同じ番号のバスに乗り直せばそう時間をかけずに追い付けただろう。
それを、停留所には行き先も様々な何本ものバスがやってくるのに、短絡的に同じ行き先のバスしか来ないと思い込み、都は間を置かずやってきた別の行き先のバスに乗り込んでしまったのである。
更に悪いのはその後で、京都駅行きのバスだと思い込んでいたことからアナウンスもろくに聞かず、持参していた本を読みながらうたた寝をしてしまった。
つまり行き先は京都駅ではなかった。
終点の1つ前で目が覚めた都は、ぼんやりと目をやる車窓の景色がどう贔屓目に見ても京都駅の華やかさとは遠くかけ離れている事に気付く。ここで尚悪いことに生来の短気が顔を出し、車掌に京都駅行きのバスを聞くことも今はどの辺りを走っているのか聞くこともせずに、大慌てで降車ボタンを押して停まった先で降りたのだ。去っていくバスを見送りながら自分が幾つものポカをやらかした事に気付いても後の祭りというものである。
伏見稲荷大社を出たときは青かった空は今や綺麗な茜色。
これで山あいに沈みかける夕日を遮りながら烏のひとつも飛んでくれれば、ちょっとしたノスタルジーに逃げ込めたかもしれないが、実際には烏どころか雀の1羽も飛んでくれなかったので、都香はただただ途方に暮れている。
さっきから独り言を繰り出しているのも、何か声に出していないと心細くて泣いてしまいそうだからだ。
「あーあ・・・うっし!」
立ち尽くしていても日が沈むだけで何も良いことはない。気を取り直し歩道の反対側、降りたバス停のほぼ真正面にある停留所まで小走りで駆けて時刻表を覗きこみ、都香はうへえ、と呻く羽目になった。
「・・・・・嘘だろ」
京都駅行きのバスはある。
しかし、京都駅と書かれた文字の下に目線を下ろすと1時間に1本程度しか来てくれない。そして何故か5時の行は空白で、4時から飛んで6時57分に1本だけ来て平日の運行は終了だ。
この場所に到着したときに山のお寺の鐘が鳴ったことから考えて今が夕方の5時頃だとすると、少なくとも1時間半は待たなくてはならないだろう。伏見稲荷前で最初のバスに乗り込んだとき4時前だったことを踏まえると、ここから京都駅までは1時間以上かかる恐れがある。宿に着く頃には8時を過ぎてしまう。
となると、やるべきことはただひとつ。都香は停留所に背を向けて、プリーツスカートを翻し、颯爽と1歩を踏み出した。
先生の携帯電話に電話して、お迎えに来てもらうのだ。
その為にはまず、公衆電話を探さねば
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