第28話
無理やりにペンを動かそうとするけれど、ちっとも身に入らない。これではダメだと分かっているのに、結局ペンを放って頭を抱えてしまうのだ。
時計を見れば勉強をしてから、まだ30分も経っていない。こんなにも集中力が続かないのは、間違いなく彼女との約束のせいだ。
「どうしたらいいの…」
手を抜くつもりは毛頭ない。今まで通り勉強をして、次こそ律を追い越すために努力を重ねれば良い。
だけどもし、また2位だったら蘭子は律と付き合わないといけないのだ。
本当にそれで良いのだろうか。
もし付き合ったとして何をするのか、分からないほど子供ではない。
「……ッ」
指を唇に這わせて、あの日初めて知った生暖かい感触を思い出す。酷く柔らかくて、熱い吐息が伝わってくるたびに堪らなく興奮してしまった自分がいた。
この前、初めて律と深いキスを交わしたのだ。
付き合ってしまえばあんな風に濃厚なキスをするのが、当たり前な関係になるのだろうか。
「……あ、あんなえっちなキス…」
一回でも恥ずかしかったというのに、それを当たり前のように受け入れている自分なんて想像できない。
手を繋いで、ぎゅっと抱きしめ合って。
好きだとか、愛してるだなんてどんな顔をして囁けば良いのだろう。
「付き合う、か……」
思わずポツリと呟いてみるが、思ったより拒否感はない。それどころか寧ろしっくりきて、そんな自分に驚いているのだ。
一度大きく伸びをしてから自室を出れば、主人のタイミングを見計らって、伊乃が温かい紅茶を淹れてくれていた。
「ねえ、伊乃」
「何でしょう」
「その…もしもなんだけど、私が女性とお付き合いするってなったらどう思う?お母様たちの理解とか……」
「蘭子様を溺愛しているお二人ですので、喜んで受け入れるのは間違いないでしょう」
多忙な日々を送っている2人だけど、蘭子と弟の杏斗に対して深い愛情を注いでくれていることは良く知っている。
世間一般的な団欒な日々は送れていないけれど、彼らなりに出来る範囲で家族の時間も作ってくれているのだ。
「ただ、一つ気になるのですが」
「なに?」
「蘭子様は女性と性行為ができるのですか?」
直接的な表現に、一気に頬が赤らんでいく。
発言者がちっとも気にしていないというのに、こんなにも狼狽えてしまうのだから、蘭子はまだまだ子供なのかもしれない。
「せ、性行為?」
「付き合うとなれば当然そういった行為は伴ってくるでしょう。そもそも、女性同士の性行為がどういったものか知っているのですか」
男女における行為の詳細は、保健体育の授業で習ったことがある。しかし同じ体の造りをした女性同士で、どういった行為をするかは未知の世界だ。
今までろくに恋愛もしたことがないため、漠然としていた付き合うという概念。
伊乃の言う通り、キュンと爽やかな恋愛に含まれた欲にまみれた行為の存在に、今更ながらに気付かされたのだ。
汚れなんて何も知りませんといったように、純朴さで満ち溢れた彼女に問いかけるべきか悩んでいた。
授業合間の休み時間に、スマートフォンで子犬の動画を見ているひなにどう切り出そうかと悩み続けている。
ちょうど律は担任教諭に呼ばれているため、2人きりでいられるのは今しかないのだ。
「……ねえ、ひな」
勇気を出して声を掛けるが、それ以上言葉は出てこない。
この子に聞いたら間違いなく顔を真っ赤にさせてしまうだろう。恥ずかしいと目に涙を浮かべる姿を想像できてしまうから、グッと言葉を飲み込んだのだ。
「やっぱり何でもない」
女性同士がどうやって行為をするの?なんて、友達に聞けるはずない。幾らひなの心が広いとはいえ、友人にそんなことを聞かれて戸惑わない人なんていないだろう。
ズラリと並んだ本棚の中から、表紙を頼りに一冊の本を取り出していた。放課後の図書室は人数もまばらで、人目を気にしていたこともあってホッとしてしまう。
ここには初等部からの教科書が全て揃えられており、蘭子が手にしたのは保健体育の教科書だった。
「えっと……」
キョロキョロと辺りを見渡した後、目次を開いてから目的ページを探す。
『赤ちゃんの作り方』という項目までページを捲るが、そこにあるのは当然男女のもので女性同士の行為については触れられていなかった。
「女性同士はどうしたらいいんだろう…」
「教えてあげよっか」
耳元でねっとりと囁かれた言葉に、驚いて肩を跳ねさせる。慌てて口元を手で覆いながら振り返れば、そこにはドールのように美しいブロンドヘアの女子生徒が立っていた。
この前まで律にアプローチしていた麗音ケイトは、揶揄うように笑みを浮かべている。
「……結構です!」
「でも気になるんでしょう?」
「それは…」
「実践で教えてあげても良いけど」
慌てて彼女から距離を取りながら、ジトリと睨み付ける。
幾ら彼女がお人形のように美しいとはいえ、惑わされる程単純ではない。
「この前まで律にアプローチしてたくせに」
「だって蘭子ちゃんも可愛いし」
「女だったら誰でも良いんですか?」
「そんなにツンツンしないでよ。これでも私失恋したばかりで繊細なのに」
キュルキュルとした大きな瞳で見つめられても、当然心が揺らぐはずなかった。失恋直後だと言う割にはケロッとしていて、とても傷ついているようには見えない。
「知りたいんじゃないの?女同士のセックス」
「……ッ」
「まあそんなに警戒しないで、そこ座りなよ」
ここで素直に腰を掛けてしまうのは、蘭子自身知りたいからだ。女性同士でどうやって体を重ねるのか、それを知ることは律と向き合うことにも繋がるだろう。
何かあった時に逃げられるようにと、きちんと扉側の椅子に座っていた。
「まずはタチとネコって言葉を覚えて」
「なんですか、それ」
「エッチの時に攻めるか、攻められるか。可愛がられて鳴いちゃう方がネコって覚えたらわかりやすいよ」
直接的な表現に頬を赤らめながら、初めて聞くワードをしっかりと耳に焼き付ける。
平常心のケイトを見ながら、これが経験の差なのだろうかと考えていた。
「まあ律ちゃんはタチだから、蘭子ちゃんがネコじゃないの?」
「どうして決めつけるんですか」
「本人が言ってた」
まさかそんなディープな話をしているとは思わずに、驚いてしまう。
同時に相手を決めつけられていることに気づいて、しどろもどろで言い訳をしていた。
「そ、そもそも相手が律なんて一言も……」
「見てりゃ分かるからね。まあ、男女と違ってゴールはないから。体触り合って気持ち良くなるものって思えば良いんじゃない?」
「触り合う…?」
「自分が気持ちいいって思うところ」
いちいち恥ずかしがる蘭子が揶揄い甲斐があるのか、ケイトはますますヒートアップしてくる。
「あと、慣れてきたらお互いの体くっつけあって……」
囁かれる言葉は信じられないくらい卑猥なもので、頬が真っ赤に染め上がる。慌ててケイトから離れてから、胸を速く鳴らしながら必死に声を荒げていた。
「そ、そんな破廉恥なことしません!」
「分からないよ?案外蘭子ちゃんの方がハマって積極的になったり…」
直接的な表現にジワジワと羞恥心が込み上げて、同時に想像してしまっていた。
2人とも裸体で、ベッドに横たわる姿。
額に汗を滲ませながら心地良いと思う箇所を擦り付け合って、甘い声を上げるのだろうか。
蘭子と共に心地よくなろうと腰を動かす律を想像して、罪悪感と同じくらい興奮してしまっているのだ。
律は蘭子とこんなことをしたいと思ってくれているのだろうか。
もしそうだとしたら、付き合ったら絶対にエッチなことをされてしまうだろう。それに対して拒否反応がない時点で、蘭子の心はかなり揺らいでしまっているのだ。
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