第27話
授業合間の休み時間に3人で机を囲んで談笑しながら、ようやく平穏な日常が返ってきたことを実感していた。
約束通り、律はケイトに対してきっぱりと断りの言葉を入れたらしく、あれ以来彼女は教室に一度も顔を出していない。
蘭子の悩みであったお見合いも、母親によって相手方から連絡がいったようだった。
ストレスがなくなったおかげか、最近は以前にまして集中力が上がって睡眠もしっかりと取れている。
「そういえば蘭子ちゃん、お見合いってどうなったの?」
「断ったよ」
「そうなの!?」
ニコニコと頬を緩める彼女は、まるで蘭子と同じくらい喜んでしまっている。
どうしてひながそんなに嬉しそうなのかわからずに、不思議に思いながら小首を傾げた。
「そっか…そうだよね、蘭子ちゃんもまだ高校生だし」
「なんでひなが嬉しそうなの」
「なんでもない」
誤魔化すようにはぐらかされてしまったため、それ以上彼女の真意を言及することは出来なかった。
それよりも、ひなが鞄から取り出した小さな袋に釘付けになってしまう。トロトロちょこれーととパッケージには記載されていて、初めて見るデザインだったのだ。
「甘いの食べたくなっちゃった。2人も食べる?」
個包装された小さな袋を受け取ってから、興味津々にジッと見つめる。
蘭子が渡されたのはビター味で、一体どんな味がするのかと期待で生唾を飲む。
「初めて見た…どこに売ってるの?これ」
「コンビニだよ。週末に実家帰った時に買ってきたの」
「コンビニ…!」
名前は知っているけれど、一度も訪れたことがないお店の名前に胸が躍る。車で前を通り掛かるたびに、入ってみたいと思っていたのだ。
「律はコンビニに行ったことある?」
「まあ、何回か…」
「羨ましい…」
封を開けて口内にチョコを含めば、キャッチコピー通りあっという間にとろけ始める。
ほんのりとした苦味と共にナッツのザクザク食感がマッチしていて、あまりの美味しさに感動してしまっていた。
何度もコンビニを目にしたことはあるが、基本的には車移動なため立ち寄ることがなかった。こんなに美味しい食べ物があったなんてと、衝撃が体に走る。
「……これすごく美味しい」
「本当?ここから歩いて5分くらいの所にもコンビニあるから、放課後行ってみる?」
「いいの?」
期待から無意識に声が弾んでしまう。目をキラキラさせながら、子供のようにはしゃいでいる自信があった。
自然と頬を緩ませていれば、優しく微笑んでいる律と瞳が合う。
「……ッ」
その瞳から彼女の蘭子に対する愛情が伝わってきてしまいそうで、直視するのが怖くなる。だけど逸らすことも出来ずに、長い間瞳を交わせてしまうのだ。
10年以上在学している学園にも関わらず、こんな風に周辺を徒歩で歩くのは初めてだった。いつも車の中から素通りしていた景色を、ゆったりとした足取りで眺める。
放課後になって約束通り3人でコンビニへと向かっているが、初めての訪問に緊張してしまう。
「なんだか緊張してきた…」
「蘭子ちゃんたちって本当にお嬢様なんだね。コンビニに行ったことがない人初めてみたよ」
「ずっと行ってみたいとは思っていたの」
思っていたというのに、その一歩が踏み出せなかった。何かと理由をつけて、ずっと勇気を出せずにいたのだ。
歩いて僅か5分ほどで、目的地であるコンビニへと到着していた。駐車場には数台の車が停まっていて、入り口に近づけば自動で扉が開く。
同時に鳴り響く軽快な音楽は、まるで蘭子たちを歓迎しているようだ。
「……らっしゃせ」
カウンター奥にいた店員が、ニコリとも笑わずに何かを呟く。
あまりやる気がないのか、瞼がくっついてしまいそうなほどトロンとしていた。
「今の方なんて?」
「いらっしゃいませって言ったんだよ」
コンビニ特有の挨拶なのか、また新たな発見にワクワクしてしまう。蘭子が知らないだけで、きっと沢山のルールがその場所ごとに存在するのだろう。
真っ直ぐに向かったのはお菓子コーナーだった。
ひなが食べていたチョコレートを見つけて、手に取る。どうやらビター味の他にも、苺味や抹茶味など沢山のバリエーションがあるようだ。
「これね…ひゃ、110円!?あのクオリティで…?」
一粒110円だとしても驚きだと言うのに、10個もチョコレートが入ってこの値段だ。先程の味わいを思い出して、ゴクリと生唾を飲む。
こんなに美味しいチョコレートがあの値段で買えるだなんて信じられない。やはり世の中は蘭子の知らないことで溢れているのだ。
「他は何かおすすめある?」
「このスナック菓子とか美味しいよ。あと、このグミも……」
右も左も分からない蘭子を助けるように、ひなが次々とお菓子を手に取り始める。10個ほどのお菓子袋を両手に抱えて、先程の店員へ渡していた。
「2140円です」
「2万円ではなくて…?」
「は?」
早くしてと急かされて、戸惑いながら財布からカードを取り出す。普段はあまり使わない、両親から渡されているクレジットカードだ。
「袋は?」
「持ってるので大丈夫です」
制服のポケットから小さく折り畳まれたバックを取り出して、お会計を済ませたお菓子をそこに詰め始める。
「…っとござましたー」
「今の方、なんて言ったの?」
「ありがとうって言ったんだよ」
コンビニで使われる専門用語は沢山あるようで、知らないことが増えるたびに好奇心が擽られていた。
ゆっくりとした足取りで学園に戻ってからは、皆で蘭子の部屋に集まる。せっかくだから皆んなで一緒に食べようと、ひなが提案してくれたのだ。
付き人である伊乃は気を利かせてくれたようで、3人で机を囲む。
「じゃあ食べよっか」
お気に入りのお皿にチョコレートやスナック菓子を盛りつけてから、手を合わせてからそっと口に含む。
抹茶味のチョコレートはとろけるような味わいで、スナック菓子は歯応えがあるがしょっぱい味付けがクセになる。
つい口元を緩ませながら、食べる手を止めることができなかった。
「凄い…ひなはすごいね、私の知らないことたくさん知ってる」
「私だって、二人には感謝してるんだよ。庶民だからって馬鹿にせずに、最初から親切だったのは2人だけだったから…」
改めて感謝の言葉を伝えられて、胸が擽ったくなる。
今となってはひなに対して親切だけど、転校当初はクラスメイトから距離を置かれていたのだ。
警戒心はもちろん、触れ合ったことのない世界の住人に対してどう振る舞えば良いのか分からなかったのだろう。
元々初等部からメンバーが変わらないため、初めての転校生に戸惑ってしまったのだ。
「でも気づいたらもう夏だもん。早いよね」
「確かに…夏休みだけど、その前に期末テストか」
何気ない彼女の言葉に、動きを止めたのは蘭子だけじゃなかった。同じように律も目を開いて、その存在を思い出したようだ。
「3人で勉強頑張ろうね」
無邪気に笑う彼女に対して、無理やり浮かべた笑みを返す。
もし次のテストで蘭子が一位を取れずに2位だったら、彼女と付き合う約束をした。
勿論あれ以来勉強の手は抜いていないけれど、律はあの約束をまだ覚えているのだろうか。
「……ッ」
ジッとこちらを熱く見つめる彼女の瞳。
その目を見て、やはり彼女は約束を忘れていないのだと確信した。
およそ3週間後の期末テスト。
その結果次第で、蘭子と律の関係は大きく変わってしまうかもしれないのだ。
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