第16話

あの時の情景が浮かぶ



私と先輩以外、誰もいない教室



大きな窓ガラスから映るのは、黒くなった山並に

青、白、オレンジとコントラストを作った空



私と



先輩を出逢わせてくれた、曲たち




音楽室の



あの空間が


時間が



先輩と過ごしたあの日々が



好きだった





曲が終わる

先輩は私の耳からイヤホンを外し、自分の耳からもイヤホンを外すとコードを巻いてカバンに仕舞った




「もう学校に来るのも卒業式くらいだなー…


なんだか、あっという間だったな…」



え…


卒業式くらい…?


「先輩もう学校来ないんですか?」


「そうだねー…、うんそう、卒業式くらい」



そう言えば一年の頃、三年の先輩たちは二月に入った辺りから学校に来ていなかったな…と思い出した



ってことは

もう、明日から先輩には会えない…って事…?




「あっ、そう言えば専門、受かったよ」



「え…」



専門…受かったんだ…


一瞬、おめでたい事なのに何故か嫌な気持ちになった


先輩のピアノを弾いていた情景や、楽しそうに音楽の話をしていた時間を思い出す



『泣かないでよ


俺が泣けないじゃん』



ダメダメ…そんな…自分勝手な事思ったら…



『俺さ

冬至ちゃんが笑っている顔が

好きだよ』



そうだ、笑顔でいるんだ…


先輩が自分で決めた、自分の道を


応援するんだ



「おめでとうございます、先輩」


笑顔で…




「ありがとう


春からは別々の道を歩んでいく事になると思うけど

お互いそれぞれの道でこれからも頑張って行こうね」


え…



ドクン、と心臓がそう言われた瞬間高鳴った


血の気が引いていくような感覚がする



春からは別々の道…

お互い頑張って行こうね…



その言い方…専門に行けば、私との接点が無くなるから、高校生じゃなくなるから…会えなくなるって…そう言う事…?



そんな…



そんなの…



嫌だ…

先輩と…離れたくない…


ドキドキと、心臓が早くなる



「…っ!


私は嫌です…


私は先輩と、離れたくない…です!」




言えた…


やっと…



言った瞬間、段々と鼓動が収まっていく




先輩が好き、って言葉じゃないけど…今の私の率直な思いだ


春からは別々の道かも知れないけど

春からも…その先も…


ずっと


ずっと先輩と一緒にいたい


先輩が


好きだから





「俺も離れたくないなー…

冬至と一緒に居たい」


そう言うと先輩は悲しそうな顔をした後、明後日の方向を見た


「でも卒業だから仕方ないよね…」



違う…


それはそうなんだけど

そう言う事を聞きたかったんじゃない


そう言う事を、言いたかったんじゃなくて…



電車の速度が落ちる



プシューっという音と共に扉が開く


先輩が立ち上がった


あっ…!


「じゃあ…

次は…卒業式かな?

またね」



そう言って先輩は駅で降りて行った



笛の音の後扉が閉まり


先輩を置いて、電車がゆっくりと動き出す



速度の上がる電車



暗闇の窓の外



遮断機を何度も通過するたびに

カンカンカンと言う音がリフレインした





なんて意気地なし


伝わってなかった…


もっとちゃんと先輩に伝えればよかった…



でも、恥ずかしすぎて…好きなんて言えないよ…




けど、いいんだ



いいんだ、それで



そんな事、最初からわかってたもん…自分に度胸なんかないって

先輩の気持ちもわからずに…聞けずに…

直接、好きなんて言えない事…

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