荒廃した世界での一晩
一瀬悠
第1話
5年前、世界は一変した。
未知のウイルスが発生し、それにかかった人は数年で穏やかな死に至るという。それだけならまだよかった。そのウイルスには電気と結びつき、別の物質に変えるという特性があった。
その時から電気が使えなくなり、なぜそんな特性があるのか、どうやってうつるのかも、もう分からない。どこかの国の兵器だという噂もあったが真相は誰も分からないだろう。
世界が混乱し、学校も仕事もする必要のなくなった人々は何をし、どう生きていくのだろうか。これはそんな世界の一つの店の物語。
***
「よし、こんなもんか」
俺は動かしていた手を止める。凝った料理はもうできないので、簡単なつまみの仕込みを終え、店を開く前に店内を確認した。5人くらいは入れそうな大きめのテント。テーブルにはランタンが置かれ、ぼんやりとした明るさが広がっている。
「それじゃ移動酒場オープンだ」
そう言って暗い外にオープンを示す看板を立てる。ここは移動酒場、気の向くままに移動し、時には道路の真ん中で、時には海辺などで店を広げている。今日は海のそばだ。なんとなく海を見たい気分だったから。まあここでは客など誰も来ないかもしれないが。こんな世の中だ、どこでやっても大して変わらないだろう。
そんなことを考えていると、外から声が聞こえてきた。
「こんにちは。やってる?」
そう尋ねてきたのは今まで何度か来たことのある男性だった。この人は、歳は40くらいで元会社勤めの人だ。
「お久しぶりですね。どうしてここに?たしか、ここからしばらく行ったところにお住みだったと思いますが。」
俺がそう尋ねると、
「おう兄ちゃん、久しぶりだな!ここには食料を取りに来たんだよ。その帰りだ。」
「ああ。あそこのスーパーですか。」
スーパーといっても買うわけではない。放置してあるものを取っていくのだ。お金なんてなんの価値もなくなったからな。ちなみに今日の酒場の商品もそこから取ってきた。
「今日はどうしますか?」
「ビールを一杯と適当なつまみをくれ。」
俺は頷くと用意を始める。
それからしばらくすると少しずつ人がやってきた。
「しかし兄ちゃんも酔狂だねぇ。こんなご時世で酒場とは」
「俺らも大概だろうが。いつ感染するかもわかんねぇのによ。なぁマスター」
そういったのは今日初めて来た男性。ここには海を見に来たという。仕事は小説を書いていて、子供もい・た・と・い・う・が詳しいことは聞いていない。こういったことを聞くのはタブーとされているからな。
「マスターなんて、やめてください。そんな大層なものではないですよ。ただ人と話をしたくてしているだけです。」
そう、この酒場はお金も取っていない、完全に俺が趣味でしているだけの場所だ。だから実は、酒場などと言えるものではないのだ。
「俺らにとっちゃ立派なマスターさ。なぁマスター、今までここに来たやつにはどんな奴がいたんだ?」
「お客さんのプライバシーもあるのであまり詳しくは言えませんが、元芸能人の方や大企業の社長さんなどもいらっしゃったことがありますね。」
毎日のように店を開いていると色々な人が来るのだ。時には少し荒れた人もいるが、この状況を受け入れ、自分のしたいことをして生きれるだけ生きている人がほとんどだ。俺もそのうちの1人。
「へー社長さん。元会社員の身からすると今どんなふうに生きているのか気になるな」
「その方は今までは忙しく時間がなかったから、ようやく今したいことができると笑っていらっしゃいました。似たようなことをおっしゃる方も、ちらほらいらっしゃいますね」
「私もその口よ。今思えばあの時は本当に辛かったわね。ほんっとにあのクソ上司は!」
そう言ったのは少し前に来店した女性だ。来てすぐに飲み出したのでもうだいぶ酔ってるな。
「おいおい飲み過ぎだ。兄ちゃん、水出してやってくれ。」
「分かりました。少しお待ちください。」
言われた通り水を出すと、女性は一息に飲んでパタリとテーブルに突っ伏した。一瞬死んだのかと思ったがどうやら寝ているだけのようだ。
「それにしても、今までバリバリ仕事してきたやつらは今の方が充実してるのか。そう考えるとこれまでしてきたことはなんの意味があったんだろうな」
「それは誰にも分かりませんね」
「マスターはよぉ、今の方が幸せならこれまでのことは無駄だったと思うか?」
難しい問題だ。今までは生活のために働いていたが、全てのしがらみから解放されるとその方が幸せだという人もいる。今の方が生活は圧倒的に辛くなったがそれでも自由というのはいいものなのだろうか。そこまで考えて俺はこう言った。
「あくまで俺はですが、全く無駄だったとは思いませんね。いえ、思えないの方が正しいですか。前の生活でも幸せだという人がいましたからね。俺たちが働くことでそういう人を支えていたのなら無駄だとは思えません。」
「そうか。確かにそうかもな。」
しばらく他愛のない話を続けていると、男性は立ち上がり先ほどの女性に声をかける。
「おい、姉ちゃん。俺はそろそろ行くが起きなくていいのか?」
そう言うと、女性はううっとうめき起き上がった。顔が赤く、まだ酔いが覚めていないらしい。
「私も・・・・帰る・・。」
「それじゃあ俺もお暇しようかね。」
3人は立ち上がり出口へと向かう。俺は最後にこう質問した。
「すいません。もうひとつだけ。皆さんは何のために今、生きていますか?この質問は全てのお客さんに聞いていまして。答えてくださるとありがたいのですが。」
彼らは顔を見合わせると、女性が言った。
「私からいいかしら」
俺は頷く。
「私は惰性ね。死ぬ理由がないから生きてるだけ」
「じゃあ次は俺いいか?俺はなマスター、贖罪だよ。あいつの分まで生きなくちゃならんからな」
「最後は俺か。俺は夢があるんだ。そいつを叶えるためだな」
俺が礼を言うと、彼らは頷き外へ出ていく。俺も外に行き、
「またのご縁を」
と言った。来店ではない。この世界で会えるかは縁なのだから。そうして彼らは別々の方向へ歩き、去って行った。
「さて、明日は北にでもいくか」
ここは移動酒場。毎晩のように誰かの声がしている。
***
第90916140100366類
第369世界 太陽系第3天体 地球
荒廃した世界での一晩 一瀬悠 @ichiseyu
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