第13話 ポラー
やっぱり怒ってる。気まずくなった俺は場を取り繕うとして口を開いた。
「いいえ、そんなことはありませんよ。ポラーちゃ……ポラーさんは美少女です」
「違う。わたしは美少女なんかじゃない」
ポラーはいった。相変わらず怒った口調で。なんか頑なだ。
ここは折れることにした。あまり美少女にこだわると話がややこしくにりそうだったからだ。
「そ、そうですね。ポラーさんは美少女なんかじゃありません。普通の女の子です」
「わかればいいわ。わたしは美少女なんかじゃないんだから。いくら助けてもらうからってお世辞なんかいわないで」
「お世辞なんかじゃありませんよ」
俺はあわてていった。お世辞でいったと思われるのは心外だからだ。
「嘘」
「嘘じゃありません。ポラーさんは本当に美少女です」
「嘘。だったら、どうしてさっきは美少女じゃないっていったの?」
「それはポラーさんが怒っているようなので、思わず……。本当は美少女だと思っています」
「本当?」
「本当です」
「お世辞じゃなく?」
「お世辞じゃありません。すべての男はポラーさんを美少女だと思っています」
「そう。なら、許してあげる」
冷たい声で告げると、ポラーは俺を抱き上げた。華奢で小柄であるにもかかわらず、軽々と。お姫さま抱っこというやつだ。
「あの……なんだか恥ずかしいんですが」
「仕方ないでしょ。あなた、動けないのだから」
「はあ、そうですね。でも、重くないですか?」
「全然。わたし、上級ヴァンパイアだから」
「上級!?」
俺は息をひいた。
最上級ヴァンパイアは数カ国の軍に匹敵する力をもっているとバベルはいっていた。であれば、上級ヴァンパイアはどれくらいの力をもっているのだろうか。
(まあ、一軍と同等だろうな)
バベルの声。たいして面白くもなさそうな。
一軍って……。
一国の軍よりは当然少ないのだろうが、それでもかなりの戦力だろう。現代でいえば旅団規模くらいはあるのではないだろうか。
いまさらながら俺は呆れた。真祖がどれほどの戦力を保持しているのかと思って。
「す、すごいですね。ポラーさんは。上級ヴァンパイアだったんですね」
「そんなに凄くないわよ。眷族順位だって九十八位なんだから」
「九十八位!?」
俺は目を丸くした。二の句が継げない。
一軍に匹敵する力を持つ上級ヴァンパイアが九十八位! ということは、ポラーより強い眷族があと九十七体いるってことだ。
どんだけ凄いんだよ、バベル。もしバベルが本気になって人類つぶそうと思ったら、どうしようもなくね?
俺は目の前に立ちはだかるとんでもなく高い壁を想起した。世界を滅ぼしかねない脅威だ。
「悪かったわね、九十八位で」
ポラーがいった。はっとして俺は我に返った。
「全然悪くありませんよ。九十八位だろうがなんだろうが、ポラーさんは上級ヴァンパイアなんでしょ。めちゃくちゃ強いんでしょ。凄いですよ、やっぱ」
「凄くないわよ、わたしなんて」
「凄いですよ。上級ヴァンパイアで美少女なんて」
「本当?」
「本当ですよ。上級ヴァンパイアで」
「そこじゃなく」
ポラーが俺を遮った。
「えっ、そこじゃなく?」
「そう。そこじゃなくて、もっと、その……」
顔を赤くして、珍しくポラーがもごもごいった。
「ああ、美少女ですか?」
「そ、そうよ。わたしは美少女なんかじゃ」
「美少女ですよ。それも凄い」
今度は俺がポラーを遮った。
「凄いって……本当?」
「本当ですよ。嘘なんかつきません」
俺は断言した。本当に嘘ではないからだ。
ポラーは本当に美少女だった。俺が見たこともないくらい。絶世という美辞麗句を使ってもおいつかないほどの。
「そう……なのかな?」
ポラーはつぶやいた。一瞬だが、冷然とした表情がゆるんだような気がする。
ポラーの少女らしい表情を見たせいか、俺は緊張が解けたようだ。下方からあらためてポラーの顔をしげしげと見直す余裕が生まれた。
ほっ、と俺は息をもらした。ポラーの顔な見惚れたのだ。本当にポラーは美しい。
幼さの残る顔だ。が、それ以上にどこか妖艶さがあった。
それに、だ。抱かれているので良くわかるのだが、ポラーの胸は大きかった。着痩せするのか、見た目ではわからないが、接していると実感する。柔らかな乳房が俺を窮屈そうに押しているのだ。
美少女に巨乳。そのことに反応しない男が世にいるだろうか。いない。そして、俺も男だった。
まずい。
俺は身をよじろうとした。肉体が反応してしまったからだ。ゾンビーでも性欲はあるらしい。食欲だけだと思っていたが。
が、身体は動かなかった。骨がばらばらになっているからだ。
まずい。まずいぞ、俺。
あそこが、あんなことななっていることにポラーが気づいたらと思うと、俺はいてもたってもいられない心境になった。きっとポラーは軽蔑するだろう。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
美少女がうかべる嫌悪の表情を想像し、俺は死にたくなった。死ねないが。
「……どうしたの、それ?」
ポラーがぽつりといった。俺の肉体の反応に気づいたのだ。
「あの……それが、その……」
俺はもごもごと弁解しようとした。が、この場合、なんて弁解していいのかよくわからなかった。
「もしかして……欲情しちゃったの、わたしに?」
少し恥ずかしそうにポラーが訊いた。俺は黙っていた。そのとおりなのだが、恥ずかしくて声には出せなかった。
「それって……わたしが好きだから?」
「いや、あの、そうじゃなくて」
あわてて俺は否定した。なんか告白めいていて、余計に恥ずかしいからだ。
「好きじゃないの?」
ポラーの声に険しさがにじんだ。
「好きでもないのに、欲情するの?」
「えっ、いや」
なんかややこしくなってきた。ちらりと見下ろすポラーの目に殺気が光があるように思えるのは気のせいだろうか。
俺は焦ってこたえた。
「違います。好きだからです」
「本当?」
「本当です」
「そう」
ポラーの表情がゆるんだ。目の殺気も消えたようだ。
「わたしのことが好きって……あなた、わたしを彼女にしたいの?」
「か、彼女!?」
俺は、自分でもわかるくらい素っ頓狂な声をあげた。
「あ、あの……彼女にしたいっていうのはどういう……」
「わたしを好きで欲情したんでしょ。それって、わたしを彼女にしたいったことでしょ。違うの?」
再びポラーの目に殺気がやどった。俺はともかくこたえた。
「違いません。ポラーさんを彼女にしたいです」
「そんなにわたしのことが好きなの?」
「す、好きです。大好きです」
俺は叫んだ。
相手は上級ヴァンパイアである。いまさら好きじゃないといったら殺される可能性があった。ここまできたらもう引き返せなかった。
「そ、そう」
ポラーがもじもじした。なんか反応がわからない。
「そんなにわたしを彼女にしたいなら考えであげてもいいわよ」
「ええっ!」
俺は混乱した。わけのわからない展開になってきたからだ。
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