第11話 シェーン

(誰が怪物だ)


「バベルさん、誰が怪物だって怒ってますけど」


 俺は教えてやった。するとガガはひいいいいと悲鳴をあげた。


「そんなに怖いんですか、バベルさんのこと?」


 ガガのあまりの狼狽ぶりに、俺は思わず苦笑をもらした。


「当たり前だ!」


 ガガは激昂した。


「相手は神祖だぞ。ひびらないでどうするよ!」


(く、くくく。くっははは)


 哄笑めいた笑い声が俺の頭の中に響いた。たまらずもれた面白くてはたまらないような笑い声だ。


(面白いな、おまえたち。意識のあるゾンビーだけでも珍しいのに、死神とつるんでいるとはな。おい、ゾンビー)


「あの……確かに俺はゾンビーなんですけど、名前があるんですが」


 おずおずと俺はいった。おいおいとガガが手をふっている。余計なことは喋るなということなのだろう。


(名前、だと?)


「はい、俺の名は……」


 こたえかけ、俺は迷った。


 山波俊介。


 そのままだとキーオイラにはそぐわないだろう。なんといってもここは西洋風のファンタジー世界なんだから。


 なんか西洋っぽくはできないだろうか。俊介だから、シュンとか。


 いや、シュンはなんとなく違う気がする。なんかまだ和風だ。


 もっと西洋風の名前は……ううん、いっそのことラインハルトとか……あかん。なんかこっぱずかしいぞ。


 せめてもとの名前をもじって……シュンだからシューンてのはどうだ?


 いや、違うな。じゃあ、シューズてのは……靴か!


 うう、なんも思い浮かばない。ボキャブラリーの重要性!


 うう、どうしよ。もうちょっといじってみて……。シューンのユをヨに変えたらどうだ? ショーン。うん、なんか良くないか。


 よし、もうちょっといじってみよう。今度はユをヤに変えて、と。


 シャーン……なんだかな。良いのか悪いのか、よくわからねえ。


 じゃあ、シェーンてのはどうだ? うん、なんだかいいぞ。シェーン。うんうん、いい。気にいったぞ。


「シェーンです」


(ずいぶん迷ったな)


「ばれましたか?」


(そりゃあ、おまえが頭に思い浮かべることは俺に伝わるからな。俺はシャーンがいいと思うが……。まあ、いい。シェーンでいいんだな?


「はい。シェーンでお願いします」


(では、シェーンよ。どうしておまえは意識があるんだ? ゾンビーは動く死者。意識のない飢餓感のみで動く怪物だ。それなのに、どうしておまえは意識をもっている?)


 バベルが訊いてきた。俺はガガから聞いた話を思い浮かべた。


(なるほど。神の手違いで魂が宿ったというわけか)


「そうなんですよ。手違いってやつです」


(神も迂闊なことをしたもんだな。いや、もしかすると……。まあ、いい。もう一つ訊きたいことがある。おまえ、死ぬかもしれないのにどうして他の奴らを助けた? おまえ、ゾンビーだろ? 放っておきゃあ良かったんじゃねえか?」


「ああ……うーん」


 俺はこたえに窮した。自分でもよくわからないからだ。


 強いていえば命を救いたい。その思いがあったような気がする。


(命を救いたい、か。命のない者が命を救うとはな。くっくくく)


 バベルが笑った。俺も笑った。ずいぶん皮肉な話ではある。


(それにしてもよくやったよな。まさか、崖から飛び降りるなんてよ。命知らずにもほどがあるぜ)


「命知らずもなにも、俺には命がありませんから」


 俺は苦く笑った。それから続けた。


「まあ、あまり誉められたことでもありませんよ。死なないってことは予想できてましたから」


(確かにそうだがな。けれど人間には恐怖心というものがあるんだ。飛び降りるなんてことは簡単にはできねえもんなんだよ。それも他人のためになんか、な)


「はあ。そういうもんですか?」


(そういうもんなんだよ。まあ、あれだな。おまえ、とんでもない馬鹿だな)


「あ、ははは」


 力なく俺は笑った。ガガにもよくいわれるが、バベルにもいわれた。俺が馬鹿であるというのは間違いなさそうだ。


「すみません、馬鹿で」


(謝るんじゃねえよ。おまえみたいな馬鹿はそうそういるもんじゃねえんだからよ。だから……まあ、いい。ともかく俺は嫌いじゃねえよ、おまえみたいな馬鹿)


「はあ。ありがとうございます。ところでなんですが。助けるっておっしゃってましたが、そろそろ助けていただけませんでょうか?」


(そうだったな)


 笑いをおさめ、バベルがいった。どうやら忘れていたらしい。もしかするとガガみたいにバベルも馬鹿なのかもしれない。


(おまえ、消滅したいみたいだな)


「すみません。うっかりしてました。ガガにもよくいわれます」


(やっぱり馬鹿だな、おめえ。まあ、いい。眷族、いかせるわ)


 バベルはいった。

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