第10話 真祖

 俺は唯一動く目だけで周囲を探った。まだ蠢いている大百足がいるだけで、他に何者の姿も見えない。


 おかしい。確かに声がした。


 ガガではない。ガガの声ならわかるし、そばにいる。


 それに、よく考えてみたら声を聞き取ったような感覚じゃなかった。まるで頭の中に響いてきたような……。


(そうだ)


 声がした。間違いなく頭の中に響いている。


 そうだって……あんたは誰だ?


(バベルだ)


 声はこたえた。


「どうした?」


 俺の様子に不審を覚えたのだろう。ガガが訊いてきた。


「声がするんだ。頭の中で」


「頭の中?」


 ガガが訝しげに眉をひそめた。ガガには聞こえていないのだろう。


「脳が潰れて幻聴でも耳にしたかよ」


「幻聴じゃない。確かに頭の中で声が響いたんだ」


「俺には聞こえないが」


 ガガが首をひねった。


 やっぱりだ。声は俺にだけ聞こえている。


(そうだ。俺の声はおまえにだけ聞こえている)


 声がした。やはり幻聴なんかじゃない。


(そうだ。幻聴なんかじゃねえよ)


 そうか。幻聴じやないのか。だったら──。


「おまえ……じゃなくて、あなたは誰ですか?」


 俺は訊いた。すると苦笑する気配が伝わってきた。


(声にださなくていいぜ。考えるだけで伝わるからよ)


 すごいな。俺は感心した。ガガの馬鹿とは大違いだ。


(俺はバベルだ。さっきいったろう)


 声はこたえた。


「バベル?」


 俺はつぶやいた。そういえばさっき声が名乗っていたような気がする。


「バベルだと!?」


 俺の言葉を聞き咎めてガガが声をあげた。なんだかいつものふざけたような口調ではない。


「バベルがどうかしたんですか?」


 俺は訊いた。するとガガの焦ったような声が聞き返してきた。


「おい。どうしてバベルなんて名前を知ってるんだ?」


「だからいってるじゃないですか。頭の中で声がするって。その声が名乗ったんですよ、俺はバベルだって」


「本当か?」


 ガガが念押しした。声が多少ふるえているような気がする。気のせいかもしれないが。


「本当ですよ。バベルって名乗ってましたよ。って、あの、声の主のことを知ってるんですか?」

「ああ」


 ガガがこたえた。間違いない。声がふるえている。


 なんか嫌な予感がした。なんとしてもバベルの正体を知らなければならなかった。


「バベルって何なんですか?」


「おまえが知る必要はねえよ」


 冷たくガガがこたえた。が、それで納得できるはずはない。俺のこれからのことがかかっているのだ。


「知る必要はありますよ。バベルは俺を助けてやろうといってるんですよ。誰も助けてくれない以上、バベルにすがるしかない。だったらバベルのことを知らないと」


「だったらおしえてやるよ、バベルのことを。けど約束しろ。バベルには関わらねえって。もし関わったら、おまえ、滅びるぞ」


「滅びる……」


 俺は戦慄した。とんでもないキーワードが出てきたからだ。


 ごくりと俺は唾を飲み込んだ。迷いが生じはじめている。


 ガガの様子から、滅びるということが脅しではないことが察せられた。よほどバベルという奴は危険な存在なのだろう。


 が、それでも何もしないわけにはいかなかった。俺は決心した。


 ゾンビーとして、こんなところで未来永劫横たわったままでいることなんかできないからだ。それなら派手に殺してくれた方が良い。


「……おしえてください。バベルって何者なんですか?」


「神祖だ」


「神……祖? 神様みたいなものですか?」


「違う。それとは真逆の存在だよ。ヴァンパイアだ」


「ヴァンパイア!」


 俺は喘いだ。とうとうヴァンパイアという名を聞いたからだ。怪物としては最も有名な存在なのではないだろうか。


 同時に俺の胸に期待がわきあがってきた。


 ヴァンパイアは不死系の怪物だ。であれば、ゾンビーとは仲間のようなものだろう。なんかガガが異様にびびっているようだが、きっと上手くやってくれるに違いない。


「へえ、ヴァンパイアですか。怪物同士ってわけですね」


「馬鹿か、おまえ。俺の話、ちゃんと聞いてなかったのかよ。バベルはただのヴァンパイアじゃねえんだ。真祖なんだよ。し、ん、そ!」


「真祖はわかりましたよ。それがどうしたっていうんですか。要するにヴァンパイアなんでしょ?」


「馬鹿だ、こいつ。それもとんでもない大馬鹿だ。真祖のこと、なんもしらねえ」


「そりゃあそうですよ。真祖の知り合いなんか前世にはいなかったですから。まあ、あれなんでしょ。ヴァンパイアの大物的なやつ。ファンタジーの中ボスってところ?」


「いっちゃった。いっちゃったよ、この馬鹿。真祖を中ボスって。知らねえ。もう俺は知らねえからな。おまえみたいな馬鹿とは付き合ってらんねえよ。俺はもう帰るからな。巻き添えにされて、俺まで滅ばされちゃかなわねえ」


「待ってくれ!」


 俺は慌ててガガを呼び止めた。


「帰るのはいい。けれど、その前にバベルのことをもっと教えてくれ」


「わかったよ。なら、帰るまえに知ってることを全部おしえてやる。それでおまえとは縁切りだ。馬鹿と付き合ってたら身がもたねえからな。バベルは真祖と呼ばれる最強のヴァンパイアだ」


「最強の……ヴァンパイア?」


「そうだ。キーオイラに七人だけ存在する、な。誰も逆らうことのできない魔物中の魔物だ。その気になりゃあ国の一つや二つ簡単に滅ぼせるだろうな。まあ、災厄級の怪物さ」

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