幼少期編

第1話 あ、私悪役令嬢だ

 そんなことを思い出したのは、私が六歳になる少し前。

 原因不明の病で高熱を出して苦しんでいて、もうダメだと思った時。思い出したのだ。



 あ、私悪役令嬢だ、と。



 いや正確に言えば、あれが本当に悪役令嬢だったのかも怪しいけれど。

 私個人の意見としては、悪役ではなかったと思ってる。


 だって!だってさ!!

 ただ好きな人の隣に並んでも恥ずかしくないようにって、必死に努力してただけなんだよ!?

 それなのに何の努力もしていないヒロインに、いきなり横から掻っ攫われて…!!

 王太子も王太子だよ!!自分のために頑張ってきた子をあんな風に冷たく突き放すなんて…!!


 と、他人事ならここで憤るだけで終わるわけだけれども。

 残念ながら、今の私はまさしくその張本人。


 横になって苦しみながら、それでも薄っすらと目を開けて枕の上に散らばる髪を見てみれば、少しだけウェーブがかった見事な赤い髪。

 地球で言う赤髪とかっていうレベルじゃなく、本当に漫画とかアニメとかにあるような、真っ赤な色。



 『ローズ・ラヴィソン』



 その名前の通り、モチーフになったのはバラ。しかも真っ赤な、バラといえばという色。

 しかも今自分では確かめられないけれど、瞳の色も金という何とも完璧な色合い。


 にもかかわらず、だ。


 ちょっときつめの顔つきは美人だけれど、そのせいで少し近寄りがたい雰囲気になってしまっている。

 何ともったいない。



 熱にうなされながらも、少しずつこの世界のことを思い出していく。



 確かモチーフになったのは花だったはず。だから悪役令嬢の名前はローズ。

 ちなみにヒロインである主人公の名前は、デフォルトだとジャスミンだったはず。ジャスミン・シャルモン。

 今の時期はたぶん、平民として母親と二人で暮らしているはず。

 物語の始まりは、実はシャルモン男爵の庶子だったと発覚したヒロインがお屋敷に母娘で連れてこられて、貴族が通う学園に入学させられるところから。


 で。

 王太子様の名前は確か、フレゥ。

 ちょっと発音しづらいというか、そもそもどう発音するんだって思っていたのが懐かしい。


 フルネームはフレゥ・ドゥ・フィオーレ。

 青い髪に青い瞳と、明らかにブルーがイメージカラーだと一発で分かる見た目をしている。


 まぁ、乙女ゲームのカラーリングなんてそんなもんなんでしょ。きっと。

 ただそれが現実になると思うと……この世界ではそれが普通なんだろうけど、現代日本で生きていた記憶からすると何とも不思議というか違和感というか…。


 っていうか、たぶんその記憶は私の前世、なんだと思う。

 思うんだけど、さ。



 私、いつの間に死んだの?



 っていうか、覚えてる記憶がそんなに多くはない気がする。

 友達にやらされたゲームは、なんかものすごく強く印象に残ってるけど……そもそも私が何歳まで生きたのかとか、どんな仕事に就いたのかとか。

 ぜんっぜん、覚えてない。


 いやでも、前世を覚えてるってことの方が普通じゃないから別にそれでいいのか。


 それよりも今はまず、どうやってこの先の魔物化を防ぐかを考えないと。

 そもそもどのルートでも最終的には魔物になってしまうローズだけは、ヒロインの前に立ちはだかるライバルキャラの中で唯一悪役令嬢だなんて言われていたけれど。


 それってぶっちゃけ、ヒロイン側の勝手な都合での呼び方だよね?


 私からすれば、庶民出のくせに世継ぎの王太子の婚約者になるとか、怖くてあり得ない!!

 そっちの方がよっぽど悪役じゃない!?

 政治とか大丈夫!?お茶会や夜会の常識は!?それ以前にマナーとかちゃんと習得できたの!?


 六歳になる前の私ですら、既に様々な教育を受けているのに。

 それがヒロインは、十六で男爵家に迎え入れられるまで平民暮らしなんですけど?

 他人事ながら、それで本当に王妃としてやっていけるのか、本気で心配になる。


 いや、まぁ……倒されちゃう側の私が心配しても、仕方がないんだけどね。


 ちなみに学園に入ってきた後のヒロインは、その普通の令嬢とは違うところが気に入られて、次々と攻略対象を落としていくわけだけども。

 でも逆に考えれば、結局どうにかはなってなかったってことだよね?

 だからなんて言われてたわけだし。


 っていうか、学園って何だよと思いはした。


 だって近代ヨーロッパ的な世界観が舞台とはいえ、魔法とか使えちゃう世界なんだよ?

 それなのに年頃の貴族令息・令嬢を学園に放り込んで、一様に学ばせるなんて……。安全面的に本当に大丈夫なのかね?


 それに、実際には学園に通わせる必要なんてないはずなんだ。だってみんなそれぞれ、家で家庭教師を雇っているはずだから。

 今の私にすら、マナーやダンスの教師がついているのに。これが王族とかになったら、いないわけがない。


 なのにどうして王子や王女を、一般の貴族と同じ学園に通わせるかねぇ?


 どう考えても、製作者側の都合でしょ?こういうのって。


 一応交流を持つためとか、見分を広げるためとか、色々理由はあるらしいけどね。

 でもそれって、学園に通わなくても出来ますよね?


 ま、大人たちの色々な都合があるんでしょうね。

 この世界にも、製作者にも。



 ただ!!



 私はシナリオ通りに倒されるなんて、死んでもお断り!!


 いや、倒されたら死ぬんだけどさ。


 だから何とか打開策を見つけないと…!!



 まずは、どうすればいいのか…………。



「…っていうか……だるい…つらい…」


 一気に色々と思い出した上に考えすぎたからか。

 ただでさえ高熱でうなされていたのに、さらに熱が上がったような気がする。


 あれか。知恵熱ってやつか。


「もう、ねる……げんきになってから、かんがえる……」


 ボーっとする頭で、それでも何とかそれだけ口に出した。

 こうすれば忘れないって聞いたことがあるし、何よりこれは決意だから。




 待ってなさいよ!!魔物化ルート!!


 何が何でも回避して、意地でも幸せになってみせるんだから!!


 私は製作者の悪意に立ち向かってみせるわ!!!!




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る