「あれ。もう、いいかもしれないですね。意外と早く広がってきた。次の陣痛きたら、一回いきんでみましょうか」

 

 それは突然のことだった。

 

 いきむ。何度もイメージした段階まで、やっと辿り着いた。そして何より、ここからは自分が頑張りさえすればすぐに終わるんだとも理解していた。

 

 終わりが見えた。こうなれば、私だって腹を括れる。

 

「はい吸ってー、吐いてー、いきんで! 目を開ける! 息は止めない! お尻浮かさない! へそ見て! 顔は真っ直ぐ!」

 

 

 

 え。要求多し。

 

 

 

 息止めない? 息を吐きながらどうやって踏ん張る? こんな、言われたままじっとした姿勢でできるか! へ、へそ?!

 

「うぅぅぅうう!!」

「はい、次は流すよー」

 

 な、流す?

 

「次の痛みが来ても踏ん張らないで。いきむのはその次。交互に行きますよ。赤ちゃんも頑張ってますからね」

 

 流す——ってなんじゃぁぁああ!

 

「あー来る来る。今のうちに切っちゃいますね。その方が傷が短くて済むので」

 

 ジョキン——

 

 ハサミを入れられた子宮口。間違いなく切れた感覚はあった。だが、不思議なことに痛みはない。

 

「先に切っとかないと、酷い人は肛門まで裂けちゃう人もいるんですよ。そこから直腸がみえたりなんかして——」

「い、いいですいいです! それで、次はいきんでいいんでしたっけ?」

「はいはい。いいですよー」

 

 それから何回か。流してはいきみ、流してはいきみ。時に水分補給をし、パートナーに顔を固定された状態のまま、身体中から湯気をあげる——

 

「来た来た来た! もう次いきんだら出ますよ! 最後ですよ!」

 

 

 息を吸って、吐いて。

 

 もう絶対にこの一撃で産んでみせる、そう全ての力を下半身に捧げた。

 

 ドゥルン、と。内臓ごとゴッソリ持っていかれるような感覚に陥った直後。血と白いあぶらまみれた小さな小さな生命体は、細い指と喉の奥を震わせて息吹をあげる。

 

「おめでとうございます。よく頑張りましたね!」

 

 私は産まれたばかりの我が子を目で追った。お湯でさっと洗われ、体重と身長を測った後。小猿のような状態で、彼女は私の胸元にやって来た。

 

 カンガルーケア。その確かな温もりと鼓動に、じわりと目頭が熱くなる。

 

「はーい。じゃあ写真撮るよー」

 

 助産師に言われ、パートナーと私は声の方へ顔を向ける。

 

 これは後から分かることだが、この時の私の顔は剥きたての茹で卵のようにパンパンで、つるんとテカっていた。

 

 パートナーはそんな私の頬を撫でながら、言う。

 

「ありがとう。無事でいてくれて、ありがとう」

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