魔物たちの会話 (後編)

「ミラン殿下、お話があります」


 フェリシアは、夕方、団長室にやってきたミランに対して、紅茶を差し出しながら言った。


「どうしたのフェリシア。なんか怒ってる?」


 ミランは戸惑いがちに目を泳がせた。何か思い当たるふしがないかどうか考えているのだ。


「あ、分かったよ。おととい、部屋に用意されていたプリンを、君がシャワーを浴びているあいだに我慢しきれず食べてしまったことだったら謝るよ。君は甘いものを食べないから、てっきり僕のために用意してくれたんだと思って」


「そのことじゃありません。あのプリンはミラン殿下のためにご用意していたものですから、召し上がっていただいて構わないんです。そのことではなくて、あの」


 フェリシアはミランの正面に腰を下ろすと、怒っているというより、わずかに申し訳なさそうな顔をして、こう言った。


「殿下、いくら甘いものが好きだからって、王宮のキッチンのものをつまみ食いするのはよくありませんよ」


「え? 僕がつまみ食い?」


「殿下はこっそりやっているおつもりでしょうけど、何人もの調理係が目撃しています」


「ちょっと待ってよ、フェリシア。僕はそんなことはしていないよ。王家に誓って」


「……」


「僕のこの目を見ろよ、嘘をついている目に見えるか?」


「……いいえ。殿下は嘘を仰っていませんね。疑ってごめんなさい」


 ミラン殿下ならやりかねないと思ったんだけど……と心の中で呟きながら、フェリシアは謝罪し、次いで疑問を口にした。


「だったらつまみ食い犯は誰なんでしょうか。朝食を用意する調理係が、夜中、つまみ食いをした挙句、こそこそ料理を盗……いや、持って行くミラン殿下を見たと私に言ってきたんですが」


 調理係は怒ってはいなかった。

 大した量じゃないし、何よりつまみ食いするミラン殿下が可愛らしくて、微笑ましい光景だったので、咎めずそのまま見てたと言っていたが、そのことは伏せておく。


「ええ~!? つまみ食いの上に盗み!? それ絶対僕じゃないって。僕の部屋から調理場はかなり離れているし、君の部屋でお茶していつも満腹だし。何より、僕はそんなに意地汚くないぞ!」


 ミランは断固として否定する。王子はつまみ食いなどしないのだ。

 じゃあ一体誰なんだ、と考えて、フェリシアはひとつ、思い当たることに気がついた。


 まさか、ポンちゃん?

 生物になら何にでも化けられるポンちゃんなら可能だ。

 ただ、そうだとしても、どうやって魔物管理舎を夜中に抜け出したんだろう。


♦♦♦


――ポン助がどうやって魔物管理舎を抜け出したかというと。


 夕刻、パフォーマンスを終えた魔物たちは、管理舎に戻される。出番がなかった魔物も、昼間は訓練をしたり、専用の遊び場で遊ぶことができ、同様に管理舎に戻って来る。

 そのとき訓練係により数が数えられ、夕飯が出される。その後、魔物たちの部屋には鍵がかけられ、就寝となる。

 魔物の中には夜行性のものや、人間と生活リズムが違っているものも多いが、王宮で管理しているのは基本的に人間に合わせて生活できる魔物だ。

 ポン助とグルグル姉も、もともとは夜行性魔物だが、人間と長く暮らしているうちに人間と同じく、夜休むようになった。


 夕飯が下げられ、訓練係による就寝前の確認時、ポン助は自分が数えられたあと、パタパタの陰でポンっと蝶に変身した。

 パタパタのように巨大ではなく、ごく普通小さな蝶だ。

 訓練係が部屋に鍵を掛け立ち去ったあと、蝶となったポン助はヒラヒラと飛んで換気用の小さな窓から抜け出し、魔物管理舎の外に出た。


 夜になるとポン助はミランの姿に変身した。

 どうしてミランに変身したのかというと、ミランはどうせフェリシアの部屋だし、いざ見つかっても王子だから(?)なんとかなる気がしたからだ。

 特に深い意味はない。

 そのままキッチンへと向かう。


 王宮のキッチンにはさまざまな食べ物が保管してあった。お菓子もたくさんある。

 何個かお菓子を持ち出して、魔物管理舎に戻るつもりだったが、あまりにお菓子がおいしそうだったので、ポン助はミランの姿でついつまみ食いをしてしまう。陰で調理係に微笑ましく見られているとは知らずに……。


 数分後、こんなことやってる場合じゃない、とハッとしたポン助は、適当に食べ物とお菓子を服の中にしまい込む。お腹が出てしまったが、まあ大丈夫だろう。


 そのまま魔物管理舎に戻り、うたた寝している見張り係からそっと鍵を拝借し、鍵を開ける。魔物たちが眠る部屋に戻ると、キッチンから頂戴してきた食べ物とお菓子を、眠らずに待っていたパタパタとグルグル姉に披露した。


「やるじゃねえか。これでお前も俺様たちの仲間だ、ポン助」


「おいしそうなお菓子ね~。ありがとう、ポン助ちゃん」


 食べる際に出たゴミは、ゴミを食べて魔力にしてしまう魔物がいたので食べてもらった。それでも残ったものはグルグル姉が炎を吐いて燃やした。


 他の魔物たちも人間の食べ物を欲しがったので調子に乗って数日同じことをくり返していたら、


「ポンちゃん、ミラン殿下に化けて、お菓子を盗んでいるでしょう」


 ある日のパフォーマンス訓練中、フェリシアに真剣な顔でそう言われてしまった。普段のフェリシアは、ポン助や他の魔物たちにそんな厳しい顔は向けない。


(も、もしかしてばれちゃった? 違うんだよフェリシア、一回だけのつもりがつい、人間の食べ物は美味しくて、何度も何度も繰り返しちゃったんだ。いつも同じ魔物の食事じゃ飽きちゃったんだよ~。ごめんよフェリシア)


 ポン助はフェリシアに抱きつきながらそう言って謝ったが、フェリシアには伝わらない。魔物の声は人間には聞き取れないのだ。


 その後ミランに化けたポン助が夜中の調理場に現れることはなかった。

 フェリシアはポン助が理解したならそれでいいと、結局今回のことを報告しなかった。

 その代わり、魔物の食事にもっとバリエーションを持たせてあげてほしいと、魔物の食事係にお願いした。


 結果、魔物たちは今までより色々な食事を楽しめるようになり、元気になり、パフォーマンスでもやる気を今以上に見せるようになった。人間も、魔物も、食事は大事、活力のもとである。


 つまみ食い王子と誤解されてしまったミランだけがちょっとした災難だっただけ……めでたしめでたし。



 魔物たちの会話  終わり。

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