魔物たちの会話 (前編)

※ 狸型魔物、ポン助が魔法師団のマスコット的存在として活躍し始めたころのお話です。


《ポン助》 

 見た目は子狸だが、魔力を体内に持つ魔物。

 生物になら何にでも化けることができる。

 エルドゥ王国の隣の国から期間限定で貸し出された。



「ポン、ポンポーン、ポンポポーン♪」


 魔法師団のパフォーマンスが終わり、魔物管理舎に戻ってきた狸型魔物、ポン助は、鼻歌を歌ってご機嫌だった。

 生物になら何にでも化けることができるポン助は、パフォーマンスで重宝がられ、魔法師団からも可愛がられている。

 魔法師団が魔力切れを起こし、魔物に苦戦する展開(もちろん演技)のときには、大きな鳥に化けたポン助が上空から皆を救出したり、すでに引退したリステアードに化けてファンを喜ばせたりしている。

 今回のパフォーマンスも、急に腹痛を起こした団員がトイレに行っているあいだ代わりをつとめ、褒美として好物のクレープを貰った。

 人間の言葉は話せないが、ちょっとの間なら問題なくバレない。

 はじめはミランに化けるのがどうしてか上手くいかず、彼に化けようとすると潰れた饅頭みたいな顔になってしまっていたが、最近は瓜二つに化けることができるようになった。


「ポンポンポーーン♪」


「おい、新入り!」


「ポンッ!?」


 鋭いその声に、ポン助は振り返った。

 そこにいたのは、まるで蝶々のような魔物だった。

 

「ポンポンうるせえんだよ、新入りのくせに調子に乗るなよ」


 蝶といっても、ポン助より何十倍も大きいその魔物は、これまた大きな羽をこれ見よがしに広げ、ポン助に詰め寄った。


 ※ 魔物同士は会話できます。


「キミは……誰だっけ?」


 ポン助は最近魔物管理舎に入ったばかり。全ての魔物と顔を合わせているわけではなかった。


「俺様は昔から魔法師団のパフォーマンスで活躍しているパタパタだ。覚えておけ」


 蝶型魔物が羽をパタパタさせながら言った。部屋全体を突風が襲う。普通の子狸と変わらない大きさのポン助は、風にポーンと飛ばされる。


「ポンーーーー!」


「大丈夫!?」


 キャッチしてくれたのは蛇と蝙蝠を足して二で割ったような外見の魔物だった。

 長い胴体で巻くようにしているポン助をそっと床に降ろすと、パタパタを叱った。


「パタパタさん、室内で羽をパタパタさせないでよ。ただでさえ大きな体なんだから。それに新しい子をいじめちゃだめよ」


「グルグル姉さん……けど、こいつ、入ってきたばっかなのに、魔法師団に可愛がられて、その上魔物のくせに、魔法師団側についてるじゃねえか。納得いかねえ」


 そう。基本的に魔物は魔法師団に倒される役目。パタパタはポン助の立ち位置が気に入らなかった。


「魔物の風上にも置けねえ。しかも、こいつまだ子供じゃねえか」


「貴方だって、去年はまだ子供だったでしょ。団長就任式中に成長しちゃって」


 グルグル姉さんと呼ばれた魔物の言葉に、ポン助は「あ」と思った。


「もしかして君って、フェリシアを殺しかけたっていう、あの魔物? 魔法師団のみんなから聞いたことあるよ」


 ポン助の言葉に、パタパタは憤慨した。


「殺すつもりなんてなかったんだ。急に成長期が来てパニックになって、魔物の本能が出ちまったんだ」


 一年前。

 フェリクスの団長就任式が行われたとき、パタパタはまだ幼体……子供の姿だった。その姿はまるで大きなトカゲのようで、長い尻尾を持っている。

 重要な式である就任式のパフォーマンスに抜擢されたことを知ったパタパタは、その長い尻尾をパタパタさせて喜んだものだ。彼の「パタパタ」という名前はここから訓練係が名付けた。

 そう、当初はパタパタがいずれ変態することを、訓練係は知らなかったのだ。

 パタパタ自身も知らなかった。魔物管理舎の中には、他に自分と同じ種の魔物はいなかった。

 ただ、就任式当日、なんだか体がおかしい……とはパタパタ自身、感じていた。


「体の調子がおかしいと俺は分かっていたが、せっかくのパフォーマンス出演のチャンスを、俺は逃したくなかった。リハも問題なかったし、大丈夫だ、やれる、と俺は思った」


 気づけばパタパタはポン助とグルグル姉に向かって一年前のことを長々と語っていた。


「まさかこの姿が俺の本当の姿だったとは! パニックになった俺はわけが分からなくなり、暴れ、フェリクスを糸でぐるぐる巻きにしちまった。挙句魔力まで吸い取っちまって」


「だからさ、キミはフェリシアを殺しかけたんでしょ」


 ポン助は話が長いよとばかりに、欠伸しながら言った。グルグル姉は「またその話か……」と呆れてとぐろをまいてしまった。


「ちゃんと最後まで聞け、新入り! リステアードに鎖でぐるぐる巻かれ、フェリクスに攻撃魔法をくらって気絶した俺は、そのあと謹慎となって、最近までパフォーマンスに出られなかった。俺はその間に訓練を重ね、反省し、フェリクスにだってちゃんと謝ったんだ。フェリクスは笑って許してくれた」


「フェリシアは僕ら魔物にも優しいからね」


 どこか得意げなポン助の物言いに、パタパタはカチンときたようで、一気に畳みかける。


「久々にパフォーマンス復帰してみれば、お前だ。隣の国からやってきたらしいが、魔物のくせになんで魔法師団側についてんだよ! 俺たち魔物は魔法師団の敵役だろう? それなのにお前と来たら、毎度毎度フェリクスの肩にちょこんと乗って、挙句魔法師団のマスコットとか言って女性陣に可愛がられ……」


「僕には得意な変身魔法があるから、みんなに重宝がられているのさ」


 そう言って、ポン助はポンっとフェリクス・ブライトナーに変身した。


「本当にそっくりね。はじめはあんまりうまくなかったけど……最近はミラン殿下にも完璧に変身できるのよね」


 とぐろから顔を出したグルグル姉が感心の声を上げる。

 フェリクスの完璧な変身を目の当たりにしたパタパタは面白くなさそうに床へ糸をペッと吐き、グルグル姉に「汚い」と叱られた。


「と、とにかく、どんなに魔法が上手かろうが、新入りは新入りだ。新入りの試験ってものを受けてもらうぜ」


 床を羽で拭きながらパタパタは言う。


「試験?」


 ポン助はフェリクスの顔で首を傾げる。


「まったく、パタパタさんだってまだ若いのに、先輩ぶっちゃって。貴方がこの魔物管理舎に入って来たとき、試験なんてなかったじゃない」


 グルグル姉は呆れた……とでもいうようにパタパタを見やり、ポン助にこう言った。


「相手にしちゃだめよ、ポン助ちゃん」


「大丈夫だよ、グルグルさん。で? パタパタ先輩、試験の内容は?」


 先輩、と呼ばれたパタパタは気をよくしたようで「そうだな……難しいのは可哀想だから簡単なのにしてやろう」と言った。単純な性格のようだ。


「よし、王宮の調理場から、なにかうまそうなものを取って来るんだ。人間に化ければ簡単だろう」


 パタパタがそう言うと、呆れていたグルグル姉も小さな目を輝かせた。


「あら、いいわね。たまには人間の食べ物も食べたいわ」


 グルグル姉は食べるのが好きらしい。

 その言葉を聞いたポン助はフェリクスの顔で、にやりと笑った。


「分かった、いいよ。調理場から適当においしそうなものを持ってくるよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る