占いの行方 3
老女は廊下の長椅子に腰かけると、水晶玉を膝の上に置き、撫でるように手をかざした。目を閉じ、うんうん唸っている。
将来の相手って、結婚相手のこと? 私の?
自覚していなかったが、フェリシアの胸には期待が膨らんでいた。単なる占いだというのに、頭に思い描くのは、ミランの顔。
――ほどなくして、水晶玉に一人の男性の顔が写った。
ミラン殿下じゃない……。
一瞬、目の前が真っ暗になった気がした。フェリシアは、それぐらい衝撃を受けた。
誰……このおじさん。
水晶玉に写っていたのは髭を生やした中年の男だったのだ。
40手前……39歳くらいに見える……!
ま、まさか。
フェリシアは先ほどの、母親からの魔法通話を思い出した。
『お相手は同じ貴族よ。ただけっこう年上で、今年で39歳だと言っていたわ』
がーん!!
私、ミラン殿下と結婚しないで、貴族の中年男性と結婚するの?
フェリシアはよろめき倒れそうになったが、すんでのところでとどまった。魔法師団の団長が、占いのショックで倒れるわけにはいかない。
「マダム、この男性が私の将来のお相手なのですか」
フェリシアは平静を装い、静かな口調で老女に問うた。頭の中はパニックだ。嘘だと言って欲しい。
それなのに、問われた老女はなんのためらいもなく肯定した。
「そうだよ。おやおや、これまた……」
「誰か! 魔法を使える人間は来てくれ! ユリアン殿下が大変だ」
老女が何か言いかけたとき、廊下に男性兵士の慌てた声が響いた。フェリシアはユリアンの緊急事態に反射的に動きだす。
「ユリアン殿下……! 申し訳ないマダム、緊急事態のようだ。私は行かなくては。君、このおばあ様を送り届けてくれないか」
フェリシアは近くにいた男性兵士に老女を託すと、浮遊魔法でユリアン第二王子の元へと急いだ。
――エルドゥ王国第二王子ユリアンは、貴族学校の同級生ビアンカと結婚し、今は王宮を離れて彼女と暮らしている。彼は王族として魔道具の研究、および開発を任されており、その仕事がしやすい場所に住居を移したのだ。
実はその傍ら、詩人として活動しており、ペンネームで詩を発表している。愛を綴ったものが多く、王宮内にも固定ファンがいるとかいないとか。
「あいたたたた! ほ、骨が折れたあああ!」
ユリアンは廊下の真ん中に倒れたまま、叫んでいた。
「ユリアン、シッカリするのよ。やっぱり、この魔道具はシッパイサクよ」
隣にはユリアンを心配するビアンカの姿があった。
「ユリアン殿下、ビアンカ様、フェリクス・ブライトナー、只今参上しました。大丈夫ですか?」
床に倒れたままのユリアンは、フェリシアを認めると、右足を押さえながら説明した。
「大丈夫じゃねーってフェリシア、治癒魔法で何とかしてくれ。魔道具が暴走して、派手に転んじまったんだ」
「あら、フェリシア。オヒサシブリね」
ビアンカがぱっと顔を輝かせる。
ウエーブのかかった美しい黒髪と、褐色の肌を持つ彼女は、十二歳のとき両親とともに他国からエルドゥ王国に移り住んだため、独特のイントネーションで話す。
「ご無沙汰しております、ビアンカ王子妃殿下」
「やめてよ敬語使うの。あと王子妃殿下ってのもね。私たちは元ドウキュウセイ……トモダチじゃないの」
「うん。ありがとうビアンカ。元気そうで何よりだよ」
「あれ~? フェリシアは何だか元気ないね。ドウシタノ、恋の悩み?」
「俺も元気ない! 骨が折れてるんだよ、女子会してないで先に治癒魔法かけてくれフェリシア!」
「あ、ごめんユリアン」
フェリシアはユリアンに治癒魔法をかけた。ユリアンの折れた足の骨はすぐに元通りになった。
ユリアンは立ち上がり、気を取り直すように、ダークブラウンの短髪をくしゃくしゃとかき回した。
「サンキューフェリシア、さすがだな」
「お役に立てて光栄だよ、ユリアン。こっちに戻って来たんだね」
「ああ。魔道具の研究開発がひと段落したからな。だけどこの魔道具は失敗だ」
ユリアンが廊下に転がっていた魔道具を拾い上げた。小さなプロペラのようだ。
「これを頭につければ、魔力がない人間でも空を飛べるっていう、大発明だったんだけど」
「ウマく飛べなかったねえ。貴方は魔道具よりも、詩を作ったほうがいいんじゃないの。ガクセイジダイ、私に愛を綴ったときのように」
ビアンカがユリアンを見つめる。ユリアンも真剣な眼差しをビアンカに向けた。
「ビアンカ……」
「ユリアン……」
邪魔そうなので、フェリシアは退散することにした。
いいなあ。結婚してからもずっと仲がいいんだなあ。
私なんて。
39……。
いや、相手の年齢がどうこうじゃなくて。というか、あれはただの占いじゃない。おばあさんには悪いけれど。
フェリシアはミランを好きになってから、自分がどんどん変わっていくのを実感していた。
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