非モテの僕に相応しくない幼馴染

月之影心

合コンと再会と

 僕は楠木くすのき和真かずま

 平均的な顔の造りと身長体重で目立たず、極度の人見知りと会話力の欠如で友人と呼べる者もほぼ居らず、日々、学校とバイト先のコンビニとアパートを行き来するだけの大学生です。




 そんな僕が今、何処に居ると思いますか?

 周りは騒がしいです。

 威勢のいい掛け声なんかも上がっています。

 拍手なんかも聞こえてきますね。


 はい『居酒屋』です。


 実は、人生初の『合コン』というものに参加中なのです。

 勿論、僕が企画するわけが無いことも、積極的に参加させて欲しいと幹事に願い出たのでは無いことも、僕の資質からお分かりいただけるでしょう。


 参加中とは言いましたが、その実態は『拉致』です。

 首謀者はバイト先の先輩兼大学の先輩兼アパートの先住民である月待つきまち海翔かいとさん。

 月待先輩に、『参加しなければ毎晩部屋に知り合いのマッチョを送り込むぞ。』と言われて断れるわけがありません。

 断れない条件を突き付けられての参加……これは『拉致』です。


 参加者は、男が僕と月待先輩と月待先輩の友達二名の四名、女は同じ市内にある看護専門学校の方の四名の計八名。

 お相手の女性たちは僕の主観ですが、美人な方、可愛らしい方がお二人、そうでもない方といらっしゃいまして、端の席に着いていた僕の正面には『そうでもない方』が座っておられます。

 因みに、僕を拉致った月待先輩は言動や態度は野生動物ですが、見た目は僕とは正反対のイケメンですし、そのお友達もイケメン系でした。

 4人掛け×2つのテーブルは2名と6名に別れてしまっています。




「和真君って何かクールで私の好みよ。」




 そうでもない方が粘り気のある音を流し始めました。

 自己紹介でフルネームを言ったこと後悔しています。

 名前で呼ばないでください。

 好まないでください。

 僕なんか食べても美味しくありませんよ。

 向かい合っていたのは幸いでした。

 横並びだったら僕はどうなっていたか分かりません。




 合コンが始まって1時間程経った頃、月待先輩が席替えを提案してきました。

 1時間弱、ヘビそうでもない方に睨まれて動けなかったカエルはようやく解放されるのです。

 そして僕の隣に来たのは二人おられる可愛らしい方の内の一人でした。

 先輩GJグッジョブ……と内心思ったのですが、想定外のことは案外身近にあるようです。




「カズくんだよね?」


「え……?」




 僕は驚いて『カズくん』と呼んできた可愛らしい感じの女性を見ました。

 見覚えのある雰囲気です。

 この雰囲気……忘れる筈がありません。




浩佳ひろか……ちゃん……?」




 花宮はなみや浩佳ちゃん。

 実家の向かいの家に住んでいて、小学生の頃くらいまではよく一緒に遊んでいた幼馴染の女の子にして、僕の初恋の君です。

 僕以外の方は自己紹介で下の名前しか言わなかったので、音で聞いただけでは気付きませんでした。

 どれだけ周りを見ていないんだ……という話でもありますが。




「自己紹介聞いて同じ名前だったからもしかしてと思ったけどやっぱりカズくんだ。久し振りだね。」


「あ……う、うん……久し振り……」




 高校卒業までは、家が向かいなので挨拶程度に顔を合わせることはありましたが、雑談程度の会話すらほぼ無く、当然高校を卒業してからは一度も会うこと無く、こうして会うのは実に2年振りです。

 しかし、懐かしむよりも強く、今、この場に僕みたいな人間が居て、初恋の相手に合コンに参加していると知られた事が無性に恥ずかしく思えてきました。




「カズくんって合コンとかよく来るの?」


「あ……いや……来るのは今日が初めてで……先輩に強制的に参加させられたようなもので……」




 正直に言います。

 隠すことではないですし、隠す話術も持っていませんから。

 浩佳ちゃんは口に手を当てて静かに笑っています。




「私も……あの先輩に”人数合わせに”って言われて参加させられてるの。」




 浩佳ちゃんの言う『あの先輩』は、席替えをしたにも関わらず月待先輩が隣りに座ってロックオンしている『美人な方』です。

 周りに聞こえないように気遣って、浩佳ちゃんが僕の耳元で囁きました。

 ヤバいです。

 浩佳ちゃんの吐息が耳に掛かってヤバいです。

 意識を現世に保つよう努めないと昇天してしまいそうです。




「あ、浩佳ちゃん……ぐ、グラス……空いてるよ……何か頼む?」


「ん~……お酒はもういいかな。グレープフルーツジュースにする。」


「わ、分かった……す、すいませぇん……」


「あははっ。それじゃ聞こえないし別に声で呼ばなくてもいいのに。」




 そう言って浩佳ちゃんはテーブルの隅に置かれた何かの起爆装置のようなもののスイッチを押します。

 遠くの方で『ぴぽ~ん♪』と鳴ると同時に威勢のいい声で『はいただいまぁ!』と聞こえてきます。

 浩佳ちゃんは僕にも何を頼むかを聞き、やって来た店員さんに注文しました。

 随分手慣れています。




「ひ、浩佳ちゃんは、こういうお店、よく来るの?」


「居酒屋さんは時々友達と一緒に来るよ。あんまり呑めないから雰囲気を楽しみに来るだけなんだけどね。」




 そう言った浩佳ちゃんの頬は仄かに赤みを帯び、可愛らしい中に僕の知らなかった色気を湛えていました。

 その浩佳ちゃんの顔が、僕の顔の僅か数cmの距離にあります。

 これ以上近付かれたら本気でヤバいです。




「あ~!浩佳ずるぅい!和真君と二人っきりでイチャイチャしてるぅ!やぁらしぃんだからぁ!」




 そうでもない方が僕の至福の時間をぶち壊しに割り込んできました。




「ち、違いますよ!イチャイチャなんかしてませんよ!」




 間髪置かず浩佳ちゃんが全力で否定します。

 数cmまで近付いていた浩佳ちゃんの顔は1m以上離れました。

 ほっとすると同時に少し残念な気持ちになりつつ、そうでもない方へ殺意を抱きました。




「おぉ?和真やるじゃないか。うんうん。お前はヤル時はヤル男だもんな!俺はちゃんと知ってるぞ!えっと浩佳ちゃんだっけ?和真のことよろしくぅ!」




 月待先輩が乗っかってきます。

 何が『よろしく』なのか分かりません。

 先輩のお友達も『うぇ~い!』とか言ってテンション上げまくっています。

 僕はどう反応して良いのか分からず、テーブルの上の烏龍茶のグラスに口を付けるだけでした。




「カz……楠木君とは家が近所の幼馴染なんです。」


「えぇ?マジで?」


「はい。家が向かい同士なんですよ。」


「はぇぇ……そんな偶然もあるんだなぁ。にしても和真!お前こんな可愛い子が知り合いで居るのに何で言わねぇんだよ!」


「あ……いや……」




 場の空気を乱さないように僕との関係を語る浩佳ちゃん、それを嫌味に感じさせないように茶化しつつ場の空気を整える月待先輩、さすがです。

 しかし僕は見てしまいました。

 浩佳ちゃんを今にも石化させてしまいそうな視線で見ている、そうでもない方の顔を。

 危うく僕が石化させられそうでした。

 僕は見なかったことにしてグラスの烏龍茶を飲み干しました。




 お開きの時間まであと少しの頃、僕がトイレで用を足している所へ月待先輩が入って来ました。




「和真、大丈夫か?」


「え……あ、はい、大丈夫です。」


「俺たちこのまま二次会行くから、お前、浩佳ちゃん送って行ってやれ。」


「え……?」


「浩佳ちゃん、向こうの幹事が無理言って参加させたらしいんだよな。」




 僕もですけどね。

 僕も先輩に拉致られたんですけどね。




「女の子一人帰すわけにもいかないし。幼馴染なら適役だろ。」




 そう言って月待先輩は僕の手に5千円札を握らせました。




「え?これは?」


「今日の合コンの参加費。後で集金するから。」


「あ……え?」




 そう言って先輩は洋式トイレの部屋に入ってガチャンと鍵を掛けて籠りました。

 僕を無理矢理連れて来た自覚はあったようですが、そんなかっこいい事されたら何も言えないじゃないですか。


 僕は小さく息を吐いてトイレを出ますが、出ると同時に『浩佳ちゃんを家まで送って行く』というミッションが改めて脳内に浮かび、自然と膝が震えてしまいました。




「それじゃあ一次会はここまで!一旦集金させてもらいますね!男性は4千円、女性は千円です!」




 4千円?

 僕が先輩に渡されたのは5千円です。

 千円札が無かっただけでしょうか。

 僕はさっき渡された5千円札を先輩におずおずと差し出しました。




「はい5千円?……あぁ、和真の分と浩佳ちゃんの分か、えらいぞ和真。」


「ぇ……」


「え?カ……楠本君、私出すよ?」


「あの……えっと……」


「はい、和真と浩佳ちゃん集金済みっと。他の皆さんもよろしく!」




 先輩は僕の顔をちらっと見ると、口の端を少しだけ上げて小さく頷きました。

 貴方はどこまでかっこいいんですか。


 そんな事は露知らず、先輩の友人二人は『ひゅーひゅー』と昭和チックな冷やかしを入れ、美人な方は『あらまぁ』とまるで出来の悪い弟を見るような目で僕と浩佳ちゃんを眺め、そうでもない方が奥歯を噛み締めて顔を震わせながら目からビームでも出しそうな目力で浩佳ちゃんを睨んでいます。




「それじゃぁ二次会だぁ!」と月待先輩。


「「うぇ~い!!」」と先輩の友達二人。


「歌うぞぉ~!」と美人な方。


「歌うぞぉ!」ともう一人の可愛らしい方。


「えぇ~?私もぉ酔っちゃったぁ。誰かに送ってもらおうかなぁ。」とそうでもない方。




 言いつつその方の力強い目は僕をロックオン。

 しかしあっさり美人な方に肩を抱かれて店の出口に向かって引き摺られて行きました。

 僕は自然と安堵の溜息が漏れてしまいました。




「カズくん。」


「ひゃいっ!?」




 突然浩佳ちゃんに呼ばれて、気の抜けていた僕はヘンな声を出してしまいました。

 浩佳ちゃんはいつの間にかお財布から千円札を出していて、僕にそれを渡そうと差し出しています。




「参加費払っておくね。」


「あ……えっと……あれは……先輩が出してくれたんだ。」




 僕は良くも悪くも嘘を吐けない人間です。

 とりわけ、相手が初恋の君であり、今もその恋心を捨て切れていない浩佳ちゃんであれば尚の事です。

 嘘は必ずバレますから。




 「えっ!?そうなの?私もこれ……先輩が出してくれたんだよ……」


 「え?」




 浩佳ちゃんも正直な良い子です。

 僕と浩佳ちゃんは顔を見合わせ、そしてほぼ同時に吹き出していました。




「お互いにかっこいい先輩に恵まれたみたいだね。」


「うん……そう思う……」




 浩佳ちゃんは相変わらず可愛らしい笑顔で僕を見ていました。

 思わず直視に耐えられず、顔を背けてしまいます。




「じゃ、じゃあ……か、帰ろうか……」




 店の外に出て駅の方へと向かおうとしましたが、浩佳ちゃんは着いて来ません。

 やはり僕みたいなのと一緒に歩くのは抵抗があるのでしょうか。




「ねぇカズくん。ちょっと酔い覚ましする時間ある?」


「ふぇ?」


「久し振りに会えたんだからもう少し話がしたいな。」




 これは夢なのでしょう。

 でなければ浩佳ちゃんが僕を誘ってくれるなんて有り得ません。




「それとも早く帰りたい?」


「い、いいいや……そんな事は……ない……けど……」


「じゃあ行こ。」




 浩佳ちゃんは僕の横を通り過ぎて駅前の方へと歩いて行こうとします。

 僕は(夢なら醒めないでくれ)と祈りながら浩佳ちゃんの後を追います。

 駅前にあるカフェに入る時、看板に手をぶつけて痛みが走り、夢で無いことを実感させてくれました。




「改めて、久し振りだね。」


「う、うん……」




 コーヒーを注文して席に着いた僕と浩佳ちゃんは向かい合って座りました。

 薄暗い店内ですが、うっすらと頬に紅を散らした浩佳ちゃんはやっぱり可愛らしかったです。

 僕が浩佳ちゃんに見惚れている間、浩佳ちゃんは昔話を沢山していました。




「あの時はカズくんとあまり話せなくて寂しかったなぁ。」


「え……あ……うん……」


「カズくんも寂しく思ってくれてたの?」




 ごめんなさい。

 浩佳ちゃんに見惚れて話聞いてませんでした。

 あの時っていつの話でしょうか?

 少なくとも今日の話では無いと思うのですが。




「えっと……うん……」


「まぁお互い思春期だったもん。異性と一緒に居たら何言われるか分からなかったもんね。」




 恐らく、浩佳ちゃんとあまり遊ばなくなり、その内話すことも少なくなっていった中学生くらいの頃の話だったのでしょう。

 そりゃ、僕みたいな非モテ男が浩佳ちゃんみたいな可愛らしい子と居たらバランス的に見ても変でしょ。

 実際、思春期じゃない今でも変です。


 浩佳ちゃんが色んなことを話して、色々僕の事を訊いてきて、気が付けば夜の11時が近付いていました。




「あ~……もうこんな時間かぁ。楽しいと時間はあっという間だね。」




 社交辞令でも嬉しいです。

 僕は浩佳ちゃん以上に時間が過ぎるのを早く感じていました。

 店を出た僕は、先輩の言い付け通り、浩佳ちゃんを近くの駅まで送って行きます。

 駅に着くと、浩佳ちゃんが僕の方を向いて言いました。




「ねぇ、また近い内に遊ぼうよ。」


「ふぇっ!?」


「合コンの続きじゃなくて、学校帰りでも休みの日でも、時間合わせて待ち合わせとかしてさ。」


「ぼ、僕なんか相手で……いいの……?」




 浩佳ちゃんはきょとんとした顔で僕の顔を見ています。




「カズくんだから言ってるんだよ。」


「!?」


「私は誰とでもひょいひょい遊びに行ったりしないよ?」


「そ、そういう意味じゃなくて……」


「それと、”僕”って自虐は好きじゃないな。私の感性がおかしいって言われてるみたい。」


「い、いやいや!そそそんなつもりでは……」




 浩佳ちゃんは一瞬僕を睨むような目付きを見せた後、またいつもの可愛らしい笑顔になって僕の目をじっと見てきました。




「冗談よ。でも一緒に遊びに行きたいのはホント。あ、そうだ。連絡先交換しておこうよ。1ギリするから番号教えて?」




 そう言うと浩佳ちゃんが鞄からスマホを取り出して画面を操作し始めました。

 僕は自分の携帯番号を伝えます。

 と、すぐにポケットのスマホが振動して着信を伝えてきました。




「それ私のだから登録しておいてね。」


「あ……うん……あ、ありがとう……」


「こちらこそ。今日はカズくんに会えてよかった。ありがとね。」




 浩佳ちゃんは右手をひらひらとさせると、くるっと体の向きを変えて改札の方へと姿を消していきました。

 浩佳ちゃんの後ろ姿を見送った僕は、両膝に手を付いて大きく息を吐き出します。

 手を付いた膝は小さく震えていました。

 自分を落ち着かせるように何度も深呼吸をし、ようやく膝の震えが治まってきた僕はゆっくり体を起こし、そして頭の中で自分に言い聞かせるように言葉を組み立てました。




(嫌われない内に……会えてよかったと思ってもらえる内に……終わりにしなきゃ……)




 自虐は嫌いと言われても、簡単に性格は変えられるものではありません。

 浩佳ちゃんは、僕なんかとは到底釣り合いの取れない、いい子なんです。

 僕みたいなのが一緒に居て許されるわけがないんです……。

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