二日目:「金魚」『それは夢だった』
遠い昔に、いなくなってしまった人がいた。
その人は金魚が好きだった。
いや、好きだったかどうかはわからないのだが、俺はその人に緑色の金魚を見せてもらったことがある。
緑色の金魚。
本当にいるのかはわからなかった。そのときの俺は夢ばかり見ていて、その記憶もただの俺の思い込みかもしれないからだ。
俺は記憶が混濁している。夢の記憶と現実の記憶の区別がうまくつけられない。
けれど、その人がいなくなってしまったことだけは現実だとわかっていた。
都合のいいことは夢で、都合の悪いことは現実。
そう思っていれば、区別がつけられなくても自分で判断することができる。
便利な判断方法だ。
だから、あの人がいなくなってしまったのは現実。
緑色の金魚は空中を泳いでいて、夏の夜、ぼんやりと発光していた。
あの頃は何でもできると思っていた。
その人が目の前からいなくならないよう、引き留めることすら。
だがそれは俺の勘違いだったようで、あんなに親しかったのにあの人はいなくなってしまった。
親しかった、という記憶も捏造なのかもしれないが、わからない。
あの人との思い出だけは真実だと思いたかったが、あまりにも幸せな記憶なのでそれも夢かもしれない。
あのとき、緑色の金魚は宙を泳いで消えてしまった。
落胆する俺に、あの人は「そんなこともありますよ。また出してあげますから、気にしないでください」と言った。
その後すぐにあの人はいなくなってしまって、緑色の金魚を見ることは二度となかった。
そんなことを、閉め切った部屋の布団の中でぐるぐると考えている。
もう昼なのに、起きる気になれない。
あの人がいなくなってから、俺の生活は変わってしまった。
あんなに世界が輝いて見えたのに、今や灰色。
心が大きく動くこともないのならそれは安寧であり、些細なことでいちいち上下するのは時間の無駄だし本当のところはそれでよかったのかもしれない。
わからない。
何が正しかったのかなど。
あの人がいなくなったとき、もっと話しておけばよかった、と思った。
もっとたくさんのことを話して、もっとたくさんの思い出を残しておけば、あの人を繋ぎとめることもできたんじゃないかと。
けれどそれらは全て「もしも」で、現実にはならない。
夢ばかり見る。あの人がまだいたころの思い出。
海に行ったり、祭りに行ったり、あちこち一緒に旅して回った。
俺とあの人は親友なんだ。そう思っていた。
そのはずだった。
あの人は何も残さずに消えた。
■■ことさえ許してくれないなんて、残酷だ。
かといって恨むわけにもいかないので、ただ布団に潜って夢見るだけ。
あの人のいた現実を。
■■は生き返らない。二度と。
取り返しのつかないことが起こったので、夢を見る。
いくら夢を見てもそれは現実にならず、夢の中で「これは夢じゃないですよね?」と確認して承認をもらっても、目が覚めると全て消えて夢になる。
夢は残酷だ。
けれど俺はもう夢の中でしかあの人に会えないから、眠って、眠る。
そうして日々は過ぎ、俺はいつか死ぬのだろう。
緩慢な■■。
わかっている。何もかも。
緑色の金魚が目に焼き付いて離れない。
それは夢だった。
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