スケーターズ・ハイ(下)
小泉藍
インターミッションⅢ
第1話 アメリカンヒーローの息子
●一九八四年六月~一九九五年十一月
(1)-1
アメリカ国民の熱愛する
その中でも特に人気があるのは言うまでもなくフットボールであり、またそのフットボールが全米一盛んなのがテキサス州であった。
このテキサス州海岸の街コーパスクリスティに一九八四年六月、レオ・ウィリスは生まれた。父のサファトは大学時代、フットボールの名選手だった。
アメリカのカレッジフットボールは学生スポーツとはいえ、プロリーグNFLのそれに匹敵する熱狂的な人気を誇る。
選手が若さゆえの身軽さと力強さでフィールドを駆け回る様は痛快かつ壮観そのもので、収益・観客動員数・テレビ視聴率の全てにおいて他のプロスポーツのそれを上回る。
そのカレッジフットボールにおいて、サファトのポジションはランニングバックだった。
楕円のボールを抱え、遠目にも軽快なステップの足音が聞こえてくるような小気味よいジグザグ走で密集する敵陣を風のように駆け抜けていく。
まるでピンボールの玉が釘に当たって軌道を変えながらも一気に落ちていく様のようだというので、古い歌になぞらえて「フィールドの魔術師(ウィザード・オン・フィールド)」という異名を取ったほどだった。そんなサファトが卒業後NFL入りせずに地元の石油会社に就職し、会社員となったのはひとえに怪我のためだった。
だからその数年後職場結婚し、一年後に息子を授かった時には心から喜んだ。
旧約聖書にちなんでレオと名付け、将来はフットボール選手にするのだと人に会うごとに吹聴した。それを親の願望の押しつけと呼ぶことはできなかっただろう。アメリカ人にとってアメリカンフットボールは宗教だ。
こうして順当にいけば高校大学でフットボール部に入り、NFL入りしていたであろうレオ・ウィリスの運命が変わったのが一九八八年二月だった。
元々サファトの妻でレオの母親であるサライは華やかで綺麗なものが好きで、息子をフットボールプレイヤーにするという夫の言葉も聞き流していたところがあった。
その彼女が、冬季五輪カナダ・カルガリー大会をテレビで観戦し、フィギュアスケート男子シングルでひいきにしていた全米王者の選手が優勝したのを見て、レオにフィギュアスケートをやらせたいと言い出したのだ。
もちろんサファトは反対した。高校からのフットボール活動に備えて何らかの競技をやらせるのは構わない。
だがよりによってあんなひらひらの衣装をまとって、お上品な音楽に乗せてくるくる回る、女々しさの極致のようなスポーツを自分の息子がやるなど、考えただけで眩暈がする。手芸サークルに入れると言われるのと同レベルだ。
だが結局、サファトは反対を押し切れなかった。
サライは趣味こそ女性的でもその名の通り性格は強く、一旦言い出したらてこでも動かないという所がある。だからこそ、テキサスの地に生まれ育ちながらもフットボールに一切興味がないという態度を貫いてこられたのだろう。
怪我で選手生命を絶たれプロ入りを断念し地元の石油会社に入社したサファトだったが、カレッジフットボールのエース、フィールドの魔術師の名は長い間付きまとった。
新しい部署に配属されるときも商談で人に会う時も、上司はそのことを自分のことのように自慢げな口調で口にしたし、多くの場合相手もサファト・ウィリスの名を往年の名選手として知っていた。
競技活動で完全燃焼したのならまだしも、悔いを残して会社員になった状態で昔のことを持ち出されるのは苦痛でしかなかった。
だがその大手石油会社に就職できたのは大学時代の活躍とフットボール部のコネクションによるものなので、文句を言うわけにもいかず、憤懣は一層募っていった。
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