第2話 苛立ち
「おい村上! 話聞いてんのかぁ~?」
ペシッと頭を軽くはたかれた。俺は上司である千堂部長に目を合わせる。このくそ上司が。
「んん? 村上、何か言いたそうな目をしているなあ? 言いたい事があるなら聞いてやるぞ。何せ今日は無礼講だ。広い心で聞いてやる」
千堂はからかう様な調子で俺にほざいてきやがった。酒に酔った千堂にちゃちゃを入れるのは、ハチの巣をつつくみたいなもんだ。
「いや、何もないですよ全然。酒の酔い冷ましに丁度良かったです、はは!」
そう言って俺は1超笑顔で千堂部長に応えた。すると千堂は、
「お前は笑顔だけが取り柄だからな、がはは!」と無邪気に笑う。
ちっ、むかつく耳障りな音。あとそれにつられて一緒に笑っている
仕事終わりの金曜日、千堂部長の一声で会社から近くの海鮮系居酒屋で3人で飲んでいた。
今日は秦野の係長昇進祝いで飲んでいる。
秦野は俺の3つ下の30歳。誰が見てもイケメンという奴だ。
秦野が新入社員として配属され、俺は教育係として面倒を見てきた。
最初の頃は、秦野はとても素直で教えた事を吸収し、失敗も多々あったが非をちゃんと認める可愛い後輩だった。
落ち込んだ秦野を励ましては、「つらい時こそ笑え。俺を見てみろ」と俺は常日頃から大切にしている笑顔を秦野に向けていたもんだ。
だが3年目以降からだった。秦野は保険営業マンとして売り上げを上げるため、自分のイケメンフェイスを利用し始めたのだ。
今まで磨いてきたセールストークと笑顔も駆使し、客層を主に中高年の女性客に絞って、高額の保険プランをどんどん売りつけていった。
俺らが務める保険会社では売り上げが第一だ。給与アップ、昇給、社内での待遇もろもろ全て。
俺の売り上げは瞬く間に追い抜かれていった。だが女性陣の心につけいり、客の信頼を裏切るようなやり方に、俺は秦野に幾度となく注意した。だが秦野は味をしめたのか俺の声に耳を貸さず、千堂部長に気にいられる事にシフトしていった。
千堂部長は売上第一思考の頭だから秦野をえらく気にいった。もともと俺は千堂部長と馬が合っていなかったから、俺はいつのまにか孤立気味になってしまった。
そして秦野が8年目で、千堂部長の後押しもあり、異例のスピード出世で係長となったのだ。主任である俺を差し置いて。
少しぬるくなったビールを俺は口に運ぶ。
千堂は愉快に話をする。
「まったく村上主任も秦野係長をみならえよ! 売り上げのコツを教えてもらったらどうだ! はは!」
千堂の饒舌ぶりに、口元がひきつりそうになる。すると秦野が困り顔で口をはさんだ。
「千堂部長、村上主任が可愛そうですよ」
秦野は俺の引きつり気味の笑顔を見ながら話しを続ける。
「売り上げや役職が上がったのは村上さんの教えがあってこそですから。お客を大切にする、それに、この笑顔を教えてもらったおかげです」
そう言って秦野は、千堂と俺に清々しいほどイケメンスマイルを披露する。
ぐっ! こいつはこれで多くの中高年の顧客(女性)につけいってきたのか。あのな、俺はそんな人の心につけいるために教えた訳じゃ―、
「はは! 村上も先輩としての務めをはたしていたんだなあ。まあお前の笑顔だけは俺も良いとは思っていたからな。だが売り上げはちゃんと上げろよ、秦野みたいに。そこは教えてもらえ、がはは!」
「村上先輩、いつでも教えますんで気兼ねなく言って下さいね」
千堂と秦野は愉快に談笑する。
こ、このくそ上司に後輩が!
すると千堂は財布からカードを取りだした。タスポだった。
「村上、KENTの6ミリ頼むわ」
ぐっ、頼むなら後輩の秦野だろうが。だがこの酒の席を荒らさないために心で必死に抑えつつ、重い腰を上げる。すると秦野が俺に声をかける。おっ! 秦野! お前ってやつは―、
「先輩、僕は3ミリでお願いします」
軽い口調の秦野に俺は……、超笑顔で返すのであった。
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