第1話 別れと出会いは唐突に
「彼女」のその言葉を、僕は残念ながら謝罪として受け取る事が出来なかった。急な雨にガッカリして愚痴を漏らすような口調だったからなのかもしれない。馴れ馴れしく「彼女」の肩を抱く金髪の青年がニヤニヤしていたからなのかもしれない。
どうしても伝えたい事があるの。「彼女」は確かに僕にそう言った。その言葉を信じてやって来て、このありさまを見せつけられている。
「ええと、ごめんねってどういう事かな?」
僕の口から出てきたのは、相当に間抜けな言葉だった。冷めきった彼女の態度と、べったりとくっつく金髪の青年。それを見て何が起きているのかは明らかじゃないか。僕たちは子供じゃあない。僕も「彼女」も金髪のチャラ男君も。
「あなたとはもう終わりにしたいって事よ」
終わり。その言葉を聞いて僕は人並みに傷ついていた。「彼女」と顔を合わせた時には既に何を言われるか解っていたはずなのに。何せ金髪のチャラ男君が傍にいて、恋人であるはずの僕の前でベタベタしている。二人がデキている事は、それこそ中学生が見ても解るだろう。
僕は何か悪い事をしたのだろうか……そりゃあ確かに煮え切らない所もあったし、ちょっと消極的な所もあったのかもしれない。だがそれにしてもよりによってチャラ男君を選ぶとは。軽薄そうな男を選んだ事に僕は憤慨しているのではない。チャラ男君は職場の後輩だった。ついでに言えば彼に「彼女」の件で相談にも乗ってくれていた。だというのに……
「……君がそう言うのなら仕方ないよね。どうぞお幸せに」
二人がうっそりと笑うのを感じながら、僕は二人に背を向けた。情けない気分だったけれど、「彼女」を引き留めるのは止めた。既に心変わりした後だって事は、いかな鈍感な僕だって判る。ただでさえ僕は道化を演じていたのだ。今更「彼女」に未練を見せても、下手な道化の三文芝居を見せるだけに過ぎない。
諦めなければならないんだ。僕は自分に言い聞かせた。ひどく惨めな気分を抱えながら。
※
腹立ちまぎれに我が家の近辺をウロウロしてみたけれど、自分の行動の可愛さ――二十五のオッサンがそんな事を言うとキモいって言われそうだけど――には、我ながら情けないと感じてしまった。
まず居酒屋に立ち寄ってみたんだけど、ほろ酔い気分になる前にそそくさと退出した。いかにもリア充みたいな感じの男女とか、休日はゴルフ! みたいな脂ののったオジサンたちが入店してきて肩身が狭くなったからだ。お会計の時、もうちょっとゆっくりすれば良いのに、みたいな視線を受けたから尚更恥ずかしい。
暇つぶしの代名詞であるパチンコ屋には……行かなかった。田舎暮らしという事もあり、先輩も後輩もパチンコに入り浸る人は入り浸る。だけど僕はパチンコを嗜む趣味は無かったのだ。音楽もパチンコ玉がジャラジャラこぼれる音も大きすぎるし、何よりお金を使うだけというのがもったいない。
そんなわけで、僕は近所のコンビニをぶらついたり、書店で「失恋について」の本を立ち読みしたりして時間を潰すほかなかったのだ。ああ何と言うか、自分探しをしている大学生みたいな放浪ぶりだ。
とはいえそうして延々とブラブラできるわけでもない。田舎町とは悲しい物で、夜の九時・十時ぐらいにはモールもスーパーも店を閉めてしまうのだ。夜は家に戻ってのんびりしなさいって事なのだろう。スナックとかバーとかは夜通し開いているかもしれないけれど、居酒屋の件があったから今日はそんな気分でもない。
というか数時間前まで僕にも恋人がいた身分だ。だからスナックとかバーとかキャバレーに出向くという考えは無かった。まぁ……恋人がいなかった時からそう言う所とは無縁だったけど。
「ねぇねぇお兄さん」
はつらつとした少女の声が耳に入り込んできたのは、ちょうどその時だった。僕はハッとして周囲を見渡したけれど、僕以外に特に男の人は見当たらない。お兄さんとは僕に対して向けられた言葉だったのだ。
おそるおそる振り返ると、そこには二人組の少女がいた。見た感じ十七から十九くらいである。見た目も雰囲気も顔つきも全然違うけれど、姉妹や親友同士のように仲良くくっついている。彼女らは一様に、僕を興味深そうに眺めていた。
「お兄さんって僕の事? 君たちこそどうしたの?」
唐突に僕は彼女たちが美形である事に気付いてしまった。一人はほっそりとしていて、セミロングの黒髪をまっすぐに降ろしたお嬢様っぽい感じの女の子である。ブラウスにあしらわれたフリルやリボンが何となく少女っぽくて可愛らしい。もう一人の方はかなり特徴的だった。まず癖のある銀髪と、明るい翠眼に目が行った。北欧の娘だろうかと思ったけど、顔つきはまるきり日本人のそれだった。髪を染めて、カラコンを入れているのかもしれない。そんな娘がお嬢様っぽい娘と一緒にいるのは不思議な気はするけれど。あと銀髪の娘はかなりグラマーだった。柄物のTシャツとショートパンツ姿だから一層それが際立ってしまう。
「お兄さん、何か落ち込んでたみたいでしょ。それで声をかけてみたの。私たちに何かできる事はないかな、って思ってね」
僕の問いに応じたのはお嬢様の方だった。おっとりとした雰囲気とは裏腹にはきはきとした物言いだった。何となくアナウンサーみたいな気もする。
「えへへ、私らもちょっと時間を忘れて遊び呆けちゃったからさ、終電とか逃しちゃったんだぁ。野宿ってのも乙だけど、それは嫌だってツレは言うからさぁ」
ちょっと
「野宿は流石にマズいよ……もしよければ僕の所に泊っていかないかい?」
二人の美少女の瞳が揺らいだのを見て、僕はしまったと思った。不審者だと思われて通報されるかもしれないな。そんな考えが脳裏をよぎる。
「一泊して良いの? やったね京子ちゃん。野宿回避できたよ!」
「厚かましいお願いを通してもらってすみません……お兄さんが落ち込んでいたのも気になっていたので、お話はお部屋で聞きますわ」
驚いた事に、二人はすんなり僕の家に泊る事を快諾してしまった。ちなみに彼女らはこう見えて二十歳を過ぎているらしい。従って僕が未成年者略取でしょっぴかれる事は無いという事だ。
道すがら、僕は女の子二人のフルネームを知った。お嬢様っぽい娘は宮坂京子と言い、銀髪のギャルっぽい娘は
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