壊れた礼拝堂
朧塚
大学のサークルのメンバー四人で廃墟の教会に行った。
僕の地元には廃墟になっている教会があった。
廃墟のつねとして、地元の不良達がよく溜まり場にしているみたいだが、何故だか、不良達はその廃教会に入ると、ゴミなどを持ち帰る。廃教会には落書き一つされていなかった。
ステンドグラスやボロボロの聖書などがそのままになっており、不良達や心霊スポット巡りの大学生達も”此処を汚してはいけない”という強い感覚を持つのだろう。
そう。そこは所謂、心霊スポットとされている場所だった…………。
何でも、窓から白い人影が見えたとか。
祭壇の場所で日本人の神父らしき人が演説のようなものをしていたのを見たのだとか……。そんな他愛も無い怪談だった。
ただ、廃教会には、幽霊が出るの話とは別に『秘密の部屋』という話があった。
大学一年の時に入ったサークルの仲間達と一緒に、その廃教会へと肝試しをする事になった。
ちなみにサークルは歴史研究会というもので、大学から電車で近くの歴史ある建造物やお寺や神社なんかを周っていた。
なので、色々、巡っていくうちに、サークルのみんなで例の廃教会に行く事になったのだ。
なんでも、その廃教会には『秘密の部屋』があるのだと。
そして『秘密の部屋』の中には『御神体』が保管されている。
それは地元のささやかな都市伝説になっていた。
なんでも秘密の部屋の中には、聖体が安置されている聖櫃(せいひつ)が置かれており、中に神様の一部が入っているのだと。
神様の一部だから、きっと数百万の現金だとか、実は一億する宝石だとか様々な噂が立てられていた。
「なんか教会が心霊スポットってさぁ。キリストとかマリア様とかの幽霊でも出るの?」
サークルのメンバーの中で一番、明るい性格である朝野は、興味深そうに訊ねてきた。
「あそこ。秘密の部屋があって。御神体があるんだってさ。それを見られればいいんだけど……」
そして、秘密の部屋を実際に見つけた人間はいないと言った。
サークルメンバー四名で、深夜の12時過ぎに廃教会に探検に行く事になった。
実際に行ってみると、古びたステンドグラスが印象深かった。
月の光に照らされて、妙に神々しい。
苔だらけの礼拝堂がとてもおごそかだった。
花壇があった場所には雑草が生い茂っていたが、生え方が妙に整っており、幻想的な美しさを感じる。
「おいおい。此処の何処に幽霊なんて出るんだよ?」
藤堂は少し呆れたような顔をしながらも、しげしげとステンドグラスを眺めていた。
今日は満月に近かった。
「お月様綺麗だね」
サークルの紅一点であるマイが言った。
僕は本当に綺麗だね、と返した。
「なんか地下室のような場所あるぞ」
藤堂はそんな事を言っていた。
「地下室?」
マイは首をひねっていた。
そんなものがあるのだろうか。
何でも、地下へと続く階段が見つかったのだという。
「階段? 本当なの?」
僕は少し首をひねった。
地元のヤンキー達がいかにも噂しそうなものだが。
いわゆる、身廊と呼ばれる入り口から内陣にいたるまでの中央の部分を歩いていると、地下へと続く階段が見つかったのだと。
かなり固かったが、何とか開けられたらしい。
そして僕達四名は地下へと向かった。
地下はこれといったものが無く、ひたすらに長い廊下が続いていた。
僕達は懐中電灯で床を照らしていく。幾つか角を曲がった。
すると、梯子(はしご)のようなものがあり、更に地下へと続いていた。
朝野がゲームみたいだ何だ、この先にゾンビが待ち構えているだの冗談を言いながら率先して降りていった。
続いて藤堂も梯子を降りていった。
次に、僕、マイと梯子を降りた。
何やら大きな地下トンネルのような場所に辿り着いた。空気は妙に湿っている。
朝野と藤堂ははしゃぎ回っていた。
「なんか此処、薄気味悪い……。気分も悪い……」
マイは明らかに体調が悪そうな顔をしていた。
「おーい! なんか変なもの見つけたぞっ!」
朝野が叫んでいた。
懐中電灯で照らすと、何やら木箱のようなものがあった。
「中に何が入っているのかな?」
朝野は楽しそうにそれを開いた。
しばらくして、朝野は言葉を失っているみたいだった。
藤堂も、中に入っていたものを覗いた。
僕は二人の下へと向かう。
藤堂は腰を抜かしていた。
「なんだよ? これ?」
僕は木箱の中を見てみる。
その中には、人の頭部のようなものが入っていた。
頭部と言っても、かなり小さくなっており、頭だけのゴム人形のように見えた。
「なんだ? これ……?」
僕は呆然とした表情だったと思う。
「たぶん、それ“干し首”だよ…………」
藤堂が言う。
「干し首……?」
「知らないのかよ? オカルト系の本で読んだ事あるよ。人間の頭蓋骨を抜いて、皮膚を乾かすんだ。乾かした皮膚は小さくまとまる……」
藤堂の言っている事は眉唾だったが、木箱の奥には更に何かあった。
僕は息を飲みながら、それを取ってみる。
すると、中からミイラ化した人間の腕らしきものが二つ入っていた。
手首の部分に、釘が刺し込まれている。
マイはそれを見て、泣いていた。
突然、朝野は気が狂ったように叫んだ。東堂は泣いていた。
「干し首が、干し首が俺に話し掛けてくる…………っ!」
藤堂は泣きながら、干し首が頭に伝えた事を語り始める。なんでも、この教会は元々、クリスチャンが建てたものというのではなくて、キリスト教から派生した別の新興宗教が作ったものらしい。そして、聖遺物として生贄を捧げる事を習わしにしていたのだと。聖遺物となる少女は十歳に満たない女の子で、この干し首と両腕は、八歳の女の子のものなのだと。
朝野は狂ったように、私は殺された、私は殺された、と叫び続けた。藤堂は泣き続けていた。僕はこの二人はダメだ、と思って、叫び続ける朝野のポケットから車の鍵を抜き取ると、マイを連れてこの場所を逃げる事にした。途中、戻るまでの記憶が無かった。
僕はマイを連れて朝野の車を運転しながら、廃教会を離れて、マイを彼女の自宅に送り届けた事は覚えている。
後日、藤堂は行方不明になっていた。
朝野は下着姿で、ひたすら意味不明な事を叫びながら繁華街のゴミ捨て場で見つかった。
警察は僕の話をマトモに相手にしてくれなかった。一応、廃教会の中を調べたが、地下室へと続く階段らしきものは見つからなかったらしい。事件性無しと扱われた。
朝野は心の病院に入院する事になった。
夏休みが明ける頃。十月になって、僕はマイの自宅に呼ばれた。
女の子の家に呼ばれるのは本来なら嬉しい事なのだが、何か不気味さを感じた。
マイは見せたいものがある、と言った。
それは例の木箱だった。
「この子、やっと外に出れたって喜んでいる」
彼女は箱の中から干し首を取り出して、何処か空ろな目で笑っていた。綺麗に干し首の髪の手入れをしていた。まるで可愛らしい人形でも愛でるかのようだった。そして、しばらくの間、ずっとマイは干し首相手に話し続けていた。
「藤堂君が届けてくれたんだよね。ふふふふっ、うふふふふふふっ…………」
マイの表情は何処までも空ろだった。
僕は何も言葉が出なくなって、マイの家を後にした。
その後、マイや朝野がどうなったかは知らない。二人共、大学に来なくなった。藤堂は、見つからなかった。
あの廃教会は新興宗教、そう、邪教の残骸だったのだろうか。
今となっては、何も分からない。
了
壊れた礼拝堂 朧塚 @oboroduka
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