第14話父さんは舞に甘かった
部屋に入ると、舞はパソコン画面から目を一切離すことなく、そのまま言葉にするのも怠そうに、
「兄さん、何?」
「……舞、いい加減部屋から出てこい。母さんが呼んでる。……後、少し臭いぞ。風呂にも入れ」
ドアを開けた瞬間から、部屋全体から匂う、女の子らしかぬ匂いに、苦言を呈した。
でも、舞はそんな事一切気にした様子もなく、けろりとした感じで、
「え、もうそんな時間? なんで言ってくれなかったの?」
「ずーっと言ったけど出てこなかったんじゃないか! ほら早く行くぞ」
そう言って、机から一向に離れようとしない舞の手を強引に引っ張ったが、その瞬間、舞は焦ったように、
「むっ、無理無理っ! タンマ、タンマだって兄さん!」
椅子から転げ落ちて、そのままどしぃーーんと盛大に尻餅をついた舞。
「…どうした?」
「あ、あ、足が、足がぁ…。痺れた…」
「馬鹿だな。そんな姿勢を維持しているからだ」
しかし、そのまま床に蹲ったまま動こうとしない舞。
☆★☆
――しばらくして、ようやく足の痺(しび)れが引いた舞を、風呂に行かせ、その後食卓に連れて行った。
既にテーブルには、夕ご飯の支度をし終えた母さんと父さんが座っていて、僕たちが来るのを待っていた。
「……はぁ。こんなことになるなら舞にパソコン貸すんじゃなかったよ」
椅子を引いて、僕がそう愚痴を零すと、珍しく父さんが反応した。
「巧。舞が三日も部屋から出こなかったのは、それが原因か?」
「うん、そうだよ。こいつ、ずぅーとやっていたよ。僕のパソコンなのに……。それにさっき覗いたら変なサイト開いてたし」
「……変なサイト?」
眉をひそめて聞き返してくる父さん。
思えばこの時に、父さんには何か引っかかるものがあったんだと思うけど、その時の僕は気がつかず、そのまま、
「うん。何かよく分かんなかったけど。ウイルスとから入って壊れたらどうするんだよ。せっかく父さんに買って貰ったのに。……父さんからも言ってよ」
隣で、僕らの会話に一切興味を示さずに、ガツガツと女の子の恥じらいというものを一切持ち合わせていない妹を睨みつけながら、頼んだ。
――父さんは、僕の言葉に時折相槌を打って、静かに聞いてくれた。
そして、舞に
「……舞、巧のパソコンを勝手に使っちゃダメだ。欲しいなら父さんに言いなさい。どうしても必要なら買ってあげるから」
すると、さっきまで僕に対しては聞こえているくせに聞こえていないフリをしていたのに、父さんの言葉が予想外に嬉しかったのか。
食べている最中で、口にべっとりとケチャップをつけた舞が、勢いよく顔を上げて、
「ホントにっ?」
「ああ。だけど、舞。何をしてたんだ? 父さんにも見せてくれ」
「分かった! 父さんにも見せてあげる! 待ってて、今見せてあげるから!」
そう言うや否や、舞は席を外して一目散に自室にパソコンを取りに行った。
「……アイツ、まだ食事中なのに。父さん!」
舞を甘やかす父さんに突っかかると、父さんは一言、
「……舞を止めることなんて私には出来ないんだよ、巧」
「父さんがそんなんだから、舞が図に乗るんだよ!」
「……図に乗る、か。……すまないな」
「――ッ! 僕はそういうのを父さんに……」
別に父さんを責める気はなかったけど、父さんは申し訳なさそうに頭を下げて、そして押し黙ってしまった。
☆★☆
何とも気まずい雰囲気が流れ出したその時、舞が脇にパソコンを抱えて帰ってきた。
そして、父さん膝に乗って、さっき僕がみたよく分からない数字の羅列が繰り広げられたパソコン画面を父さんに見せて、
「父さん、ほらほら見て見て! 私が作ったサイトだよ! まだ作っている途中だけど、面白いの!」
「……どんなのが面白いんだ?」
「えっとね。自分の思っていることが、簡単にパーツを使って自由に展開できることっ! こんなの初めてっ! ……でも兄さんのこれじゃ、これからやるにはスペックが足りないから、もう少し良いものを買って欲しい!」
「父さん、パソコンには詳しくないんだが……。どれくらいのものが欲しいんだ?」
「うーんっとね。……後で言う。でも、ちょっと高くて……、あ、でもね! 後で絶対に稼いで返すから買って!」
「舞、またお前は父さんを困らせて! 後で返すって何だよ! お前まだガキだろ? パソコン買って貰るだけでも父さんを困らせているのに、その上良い奴買って貰おうなんて――」
父にトンデモ要求をする舞に、つい口を挟んだ僕だが、舞に
「兄さんは黙ってて、今父さんと交渉しているから」
「交渉って……」
「ね? 父さん。私絶対に父さんを困らせるようなことはしないから。お願いしますっ!」
すると、父さんはしばらく沈黙していたが、
「分かった。買ってやろう」
「父さん!?」
「やったぁ! ありがとう父さん! 好き!」
「またアンタは甘やかして……」
母さんも僕と同様に父さんの舞に対する甘やかしっぷりに呆れていたが、父さんは続けて言った。
「……舞、よかったら今度父さんの仕事場に来ないか?」
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