第79話 二章エピローグ
「や、やめ!やめてくれ!助け――」
フェリクスは、ゴートの首が飛んだ瞬間を路地裏の屋根の上から見ていた。
間接的とはいえ、自分が動いたせいでシリウスに嵌め殺された相手。その最期を見て、フェリクスは僅かに眉を潜める。
「分相応に収まっておけば、死なずに済んだろうが」
ゴートは穏健派の貴族の中で数少ない武官だったのだ。その立場と侯爵という地位を上手く使えば、シリウスと手を取り共に穏健派を盛り上げていく未来もあっただろう。だが、己の器を越えて大きな椅子を求めたがために、怪物の策に殺されることとなった。
「はぁ。権力が絡むとろくな事がねえな」
「やはりお前もそう思うか」
「っ!?」
突然背後に現れた気配。フェリクスは大きくその場を飛び退く。
「気が弛んでいるのか、それとも全盛期から落ちているのか。どちらにせよ今のでお前は死んでいたな」
自分がいた場所を振り返るフェリクス。そこにいたのは、白銀の髪を風にたなびかした美貌の乙女――エリュシエルであった。
「エリュシエルかよ」
「私程度に背後を取られるなよ。お前も落ちぶれたものだな」
「そうだけど、いちいちうるせえな」
「今日は珍しく認めるのか」
「鈍ってんのは前回と今回でよく分かったからな」
「ほう」
エリュシエルが意味深な笑みを浮かべる。そのミステリアスな様は、寂れた路地裏の風景の中でひときわ輝いて見えた。圧倒的美貌。ただ美しいだけで見える世界が変わる。
「で、なんの用だよ」
そんな美しさには目もくれず、フェリクスは警戒心も露に問う。
「なんだ。若い女が男に会いに行くのに理由が必要なのか?」
「お前が俺に会いに来るには、絶対に理由が必要だろうな。つまらねえことでからかうな」
「――まあ、そうだろうな」
一瞬、本人も気付かぬ刹那、エリュシエルの瞳に影が差す。だが次の瞬間には元に戻っていた。
「で、用件はなんだよ」
「今日は貴様に伝えることがあって来た」
「伝えることだぁ?」
「近い内にお前は王宮に呼ばれるだろう」
「は?」
フェリクスが固まる。
「課外学習でシャルロット様を救い、今回は裏社会を一掃しただろう?それを受けて、シリウス侯爵をはじめとした複数の貴族が、お前を騎士にすると推薦状を提出したらしい」
「は?……あ。ったく、そういうことかよ!くそ、本っ当に回りくどい奴だな!」
――マーレア王国の騎士とは男爵の下に設けられた貴族位で、複数の貴族の推薦が無ければ成ることができないと法で定められている。
シリウスは、フェリクスの功績を周囲に広めることで、フェリクスが騎士に成れる男であることを納得させたのだ。そして、その上で自分が推薦状を出し、一方的に恩を売り付けた。
騎士に成った者はほぼ例外無く武官の道に進んでいく。フェリクス程の実力者であれば、数年で上層部に食い込めるだろう。そうなった時に、『あの時推薦状を出したのは私だよね?』と恩返しをさせて、武官との繋がりが薄い穏健派にフェリクスを引きずり込む――これが、シリウスが思い描いている未来だろう。
そこまで思い至ったフェリクスは、心底呆れた表情をした。
「どこまで考えてんだよ、あの化け物」
「おい、待て。理解が出来ん。どういうことだ?」
――フェリクスはエリュシエルに今浮かんだ考えを述べた。
「そう、か。シリウス侯爵はそこまで考えておられるのか。まあなんであれ、私はもとからお前が騎士になることに反対だったがな。お前が騎士になれば戦場が加速する」
エリュシエルとエドモンドくらいしか最強を名乗れる武官がおらず、大国であるにも関わらず人材難に喘いでいるマーレア。そこにフェリクスが加わってしまったら、誇張抜きにマーレアの快進撃が始まってしまう。そうなれば再び大陸規模の戦争が勃発するだろう。
「俺だって反対だっての。なにもなかった五年と比較して、ここ数ヵ月は色んな事が起こりすぎてる。これ以上刺激を与えたら、どこから爆発するかなんて分からないからな。それに―――」
「ああ、分かっている。『お前』を戦場に出させはしない」
フェリクスを通して、フェリクスではない誰かに語り掛けるエリュシエル。
「俺もそうなることを願ってるよ」
「ああ」
もうこの二人しか知る者のいない約束がある。そのためにも、フェリクスが戦いに出るわけにはいかない。
――そんな思いを無視して、世界は加速し熱量を増していく。
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これで二章は終わりです。ここまで読んで、面白い、続きが気になると思っていただけたら、是非小説のフォローや
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