第73話 闇の世界での攻防3

 夜のとばりに包まれたマーレガリア。その路地裏の奥、誰の目も届かぬ闇の浅瀬は戦場と化していた。

 闇色の装束に身を包んだ暗殺者が、地面を、壁を、屋根の上を蹴って縦横無尽に駆け回り、魔術の解除をしているフェリクスを殺さんと迫る。対するはフェリクスを守るように展開するシリウス小飼の暗殺者たち。一人が殺され残り四人となった彼らは、しかしその物量差を覆す実力を有している。

「このっ」

 複数の方向から、ナイフ、毒矢、魔術、その他様々な殺傷能力を持つ武器が飛来する。一人を狙った攻撃にしてはあまりにも過剰。それを、シリウス小飼の暗殺者は軽い身のこなしで回避した。それと同時に刀を閃かせ、背後より迫る暗殺者に切り込む。が、浅い。

「白仮面様のために」

 痛みで怯む様子すら見せぬ敵に、刀使いの表情が歪んだ。

「化物め!」

 本来なら心臓を一突きに出来た間合いである。多対一の展開でもそれが出来るだけの実力差が両者の間にはあった。しかしできない。数を減らすという利点を捨ててでも敵の懐に入れない理由は、先程の光景にある。

 フェリクスを殺さんとする暗殺者たちが白仮面に向ける異常な忠誠心は、身体の限界すら凌駕してしまうのだ。それにより、シリウス小飼の暗殺者の中でも腕の立つ刀使いだった男が、殺したはずの敵暗殺者に取り付かれてなす術もなくやられてしまった。

「白仮面様のためにっ」

「この命を捧げるのだ」

「しつこい奴らだ!」

 刀使いに腕を斬り飛ばされても、動じる気配すらなく暗殺者は突っ込んで行く。彼らは分かっているのだ。自分一人が犠牲になれば、残った味方が目の前の格上を殺すことができると。

 普通なら死を躊躇するだろう。が、彼らはそこが忠誠心によって麻痺している。故に、自らが捨て駒と成れる。

「隙あらば俺ごと殺せ」

 そう言い放ち、低い姿勢で刀使いの一人に飛び込んでいく暗殺者。刀による牽制など無視。小さい傷どころか致命傷すらくれてやるとばかりに突貫し、敵の動きを止めるべく取り付こうとする。

 とうとう痺れを切らした刀使いが、その暗殺者の首を切り落とした。これならどうだ、刀使いが浮かべたそんな得意気な表情が―――

「なっ」

 首を無くしてなお動く肉体を前に、恐怖一色に染まる。

「し、ろかめ、ん、さまの、た、め」

 地に落ちた首が辿々しく口にしたのは、白仮面への忠誠心。己の死を実際に見てもなお揺らがぬそれに、刀使いは気圧されてしまった。

「馬鹿が!しっかりしろ!」

 味方の一声で気を持ち直すも、時既に遅し。首無しの肉体に体をガッチリと捉えられてしまった彼の視界いっぱいに、迫り来る銀の刃が映った。

 鮮血が迸る。顔面をナイフで貫かれた刀使いは、ピクピクと全身を痙攣させながら崩れ落ちた。

「あとォ、三人」

 無数の視線が、刀を持つ二人の暗殺者と執事を捕捉する。フェリクスの警護は五人で万全だった。四人でもなんとか補えた。しかし、三人では流石に守りきれないだろう。白仮面の部下たちは、勝利を確信して狂喜の笑みを浮かべる。

「これは、白仮面のカリスマ性を舐めていましたかね」

 執事姿の男が静かに呟く。そして、白い手袋を外しながら、味方である二人の暗殺者に告げた。

「後の事を考えて力を温存する作戦でしたが、それでこちらの人数が減ってしまっては意味がないでしょう。仕方がない。今この場で出せる全てを出しなさい」

「了解しました」

 刀使いの暗殺者二人が頷く。それを笑ったのは、白仮面の部下である男だった。

「今さらなにが出来る。三対一、もう勝負は―――」

「うるさいですよ」

 嘲笑う男の横に、いつの間にか執事姿の男がナイフを持つ右手を振り切った体勢で立っていた。直後、白仮面の部下が四肢を失って倒れ伏す。異常な精神力でまだ戦おうとするが、手足が無いのではどうしようもない。執事の靴に噛みつこうとしたその男は、頭を踏み砕かれて沈黙した。

「初めからこうしておけばよかった」

 ―――ただ警戒させるだけでフェリクスを『戻した』ほどの男が、薄く笑った。二人の刀使いがそれに続く。

 

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