第66話 襲撃、逃走

 その日の放課後、アメリアはシャルロットとの関係を周囲に知らしめるため、友人のように二人で街中を歩いていた。

 少し離れたところに複数の護衛が隠れているが、それに気付かぬ者からすれば、彼女たちは大通りを談笑しながら歩く友達同士にしか見えない。

「三年生になると、もう少し専門的な勉強をするようになるんですよ。二年生までは広く浅く様々なことを学びますが、それ以降は自分で選んだ分野を深く掘り下げていくんです」

「それってやっぱり難しいのかしら?」

「簡単ということはありませんが、好きで選んだ分野なら楽しいですからね。そんなに気になりませんよ」

「それは困ったわ。好きな分野なんて私にはないもの」

 これからの勉強について、先輩かつ成績優秀者であるアメリアに質問をしていたシャルロット。彼女は急かされる形で魔術を学んできたため、そもそも魔術自体がそこまで好きではないのだ。

「まだ夏休みにも入っていないんです。ゆっくり考える時間はありますから、そんなに思い詰める必要はありませんよ。私も相談に乗りますから」

「アメリアさんは優しいのね。ありがと」

「どういたしまして」

 アメリアは恥ずかしそうに微笑んだ。が、その裏は全く笑っていない。

(誰からも疎まれる問題児だったのに、二ヵ月ちょっとでここまで変わるんですね。自然にお礼が出てくるなんて。そんなに影響されるほど、あの男に何か魅力があるとは思えませんが)

「よしっ、じゃああいつのバイト先に行くわよ!」

 二人が放課後に街に出たのは、フェリクスが働く飲食店に行くためである。路地裏に近い場所にある飲食店など、貴族の子弟が行きたがるところではないのだが、アメリアは庶民の味に興味があるという体で、シャルロットの誘いに乗っかった。

「フェリクスさんは、ちゃんと働けているんでしょうか?」

「平気よ。あいつ、普段はどうしようもないやつなのに、なぜかやるときはやるのよ」

「いますよね。面倒臭がりなのに、帳尻を合わせるのが上手い人って」

「それよ!それ!最初からやればいいのに、いっつも後回し後回しで。聞いてちょうだい。昨日なんかあいつ―――」

 フェリクスの話題になった途端、シャルロットが饒舌になる。それがあまりにも分かりやすく、アメリアは素で笑ってしまった。

「くすっ………あ、ごめんなさい」

「何よ?何かおかしかったかしら?」

「いえ。ただ、すごく楽しそうにお話するなとと思ったんです」

「た、楽しくなんか無いわよ!あいつと一緒にいるとね―――」

 くどくど。愚痴やら文句やらが止まらないシャルロット。一体どれだけの時間を共有すれば、ここまで内容の濃い言葉を吐けるのか。聞けば聞くほどシャルロットとフェリクスの関係の深さが分かってくる。

「そうなんですね………」

 笑顔で相槌を打つ機械になり、シャルロットの嵐のような愚痴の数々を受け流すアメリア。二人は騒がしいまま飲食店へ、つまり路地裏の方へと足を運んでいき―――

「またなの?」

 少々暗く入り組んだ道に入った瞬間、シャルロットが愚痴を切って呟いた。

「また、とは?」

「まだ気付いてないのね?」

 シャルロットが自然な動作でアメリアの耳元に顔を近付ける。急に顔を近付けられ恥ずかしそうに顔を赤くしたアメリアは、しかし次に聞こえてきた声の固さにハッとした。

「私たちを追って来るやつがいるわ。正確な数は分からないけれど、多分四~五人よ」

「え?」

「変に動かないで。自然に、気付いてない風を装うのよ」

 そう言って顔を離すシャルロット。その表情は楽しそうに秘密を打ち明けたそれ。とても命に関わるかもしれない話をしていたとは思えない。

「わ、分かりました。あの、ところでまたとは?」

「あー、課外活動でも似たようなことがあったのよ。今回はあの時ほどヤバそうな感じはしないけれど、まあ隠れてついてくる時点で殺される可能性もあるわね」

 微かに恐怖を抱くアメリアとは対照的に、シャルロットはどこまでも自然体だ。一度クソッタレな地獄を見たから。それにくらべれば、たかが数人。怖いことには変わり無いが、恐れてなにも出来なくなる訳ではない。

「合図で目眩ましの魔術を使って………それであいつのところまで逃げるわ。いい?」

「は、はい」

 小声で会話しながら普通に歩く二人。その後をつける者たちはゆっくりと距離を縮めていく。一分もすれば、アメリアも敵を知覚できるようになった。それからすぐ後、シャルロットが表面上は笑顔でアメリアに囁く。

「三つ数えたら行くわよ。道が複雑だから、私の背中を見失わないようにして」

「分かりました」

「三、二、一………今っ!」

 合図と同時、狭い路地裏を目を焼くような光が埋め尽す。それと同時にシャルロットとアメリアは狭い道を駆け出した。恒星がそこにあると錯覚するほどの光量。超一流から一段劣った暗殺者たちはその不意打ちをもろに食らい、二人の少女を見失う。



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