第61話 決闘

「皆の者、聞いてくれ。俺とこの御仁が急遽決闘をすることとなった。食事を楽しんでいるところ申し訳ないが、場所を作るために一度席を立ってくれないか」

 突然の決定だが、その場の貴族たちはすんなり男の言葉に従った。昔から社交界と決闘は付き物なのだ。一人の令嬢を賭けた戦い、家の名誉を守るための戦い。最近こそ見なくなったが、貴族はこういう娯楽を欲している。

「決闘なんて久し振りだな」

「誰と誰だ?」

「フェリクスとかいうあの男と、ゴート侯爵だ」

 漏れ聞こえてきた声にフェリクスは目を丸くする。

(侯爵って、シリウスと同格かよ)

 持っている領地や家の歴史などで上下はあるが、侯爵という地位は十分すぎるほどに輝いている。

(そんな天上人がなんで俺みたいな木っ端にちょっかいを掛けてくるのかね)

 使用人たちがテーブルをどかし、決闘のスペースを設ける。その中心に移動したフェリクスは刃の潰れた剣を渡された。

「いくら広い会場とはいえ、ここは密閉空間だからな。ルールは魔術無しの純粋な剣の勝負でいいか?」

 ゴートは自然な形で、魔術を得意とするフェリクスから牙を奪う。数多の貴族がこの場所にいるのだ。傷付ける可能性を考慮すれば、平民にすぎないフェリクスに拒否権はない。

「ええ、構いませんよ」

 だというのに、これにもフェリクスは笑顔で了承した。

「ちょっとあんた―――」

「まあ見てろって」

 不安そうに声をかけるシャルロットを黙らせ、刃引きされた剣を構えるフェリクス。相対するゴートもまた、同じように剣を構えた。その表情に浮かぶのは絶対的な自信と、隠し切れない憎悪や嫉妬。

「ルールは一般的な決闘と同じものとし、開始はこの金貨が地面に落ちてから。構わないな?」

「ええ。お好きなタイミングで始めてください」

「では―――」

 剣を構えていない方の手で金貨を投げるゴート。張り詰める空気、周囲を囲む貴族たちが息を飲んで開始を待ちわび、そして―――

 カーーン。

 金貨が地面に落ちた瞬間、一陣の旋風が巻き起こった。仮にも武官であるゴートですら視認できない武の極致。開始と同時、フェリクスの剣がゴートの首筋を撫でる。

「勝負あり、ですね」

「ぇ、は?」

 何が起きたか理解出来ないのか、ゴートは目を白黒させる。だが、やがて状況を把握すると、今度は顔を赤くした。

「な、き、貴様っ」

「なんでしょう?」

 白々しく答えるフェリクス。勝者たる余裕の滲んだ笑みを向けられ、ゴートの羞恥は際限無く高まっていく。

「―――っ!!体調が優れない。今日は失礼させてもらう!!」

 フェリクスを押し退けるようにしてその場を後にするゴート。大勢の前で恥をかかされたのだ。このまま晩餐会に居続けるという方が無理な選択肢だろう。

 フェリクスの実力を目の当たりにした貴族たちが言葉を失っていた。ゴートと同じように、否、文官である彼らは、ゴート以上に事態を飲み込めない。高すぎる力は彼らの理解の及ばないところにあるのだ。

「皆様、大変お騒がせしました。さあ、これにて決闘は終了となりますから、引き続きお食事をお楽しみください」

 シリウスは持ち前の笑顔で無理矢理場を収めると、次にフェリクスに声をかける。

「フェリクス殿、素晴らしい戦いぶりだったよ。私なんかには理解も出来ないけど、それでも凄さだけはヒシヒシと伝わってきた。ああ、失礼。自己紹介が先だったね。私は、シリウス=フォン=ストライアーというんだ。よろしく頼むよ」

「フェリクス=バートと申します」

 決闘で目立ったフェリクスと、あくまで初対面を装って握手を交わす。大勢注目が集まる前での交流。侯爵と、その娘を救った一流の武人。これで関係が出来た。これからは二人の関係を隠す必要が無くなる。

 ―――無論、企みに関しては隠さねばならないが。

「アメリア、こっちにおいで。お礼を言いたかったんだろう?」

「はい、お父様」

 侯爵本人についで、その娘まで加わってくる。中身のない会話で盛り上がるうちに、フェリクスはようやく今回の狙いを悟った。

(なるほどね。こうやって悪目立ちしたところで声をかけて、周囲の奴らに俺たちの関係を印象付けるのが目的か。だったら、ゴートとかいうやつは何だったんだ?あの悪感情は演技じゃねぇし、まだなにかありそうだな······)


 その予想は外れていなかった。

 自らが望んだ結果ではないにしろ、貴族社会に首を突っ込んでしまったフェリクス。そのツケを、彼は数日後に払うこととなる。


 

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