第54話 シャルロットとアメリア

「助けて下さいっ!」

 必死の形相で叫ぶアメリア。彼女を連れ去ろうとする男たちは、突然現れたもう一人の貴族令嬢を見て、その価値を推し量って、歓喜の声をあげた。

「見ろ、あいつも上玉だぜ!」

「高く売れるぞ!」

 汚い身形、下卑た笑み。周囲の環境はそこに住む人間に影響するとは言うが、それにしても目先の利益のために年端もいかない少女を食い物にしようとする男たちは、度を越えて元の人間性が酷い。周りのせいではない。根っから腐っているのだ。

 欲望を剥き出しにしてシャルロットに飛び掛かる男たち。それは光の当たる世界であれば裁かれる所業。しかし此処はエリナの家から更に奥へ進んだ闇の空間である。法は通用しない。

 だが、法に則って行動する者はいなくとも、私刑にかける者はいる。

「馬鹿が」

 真っ先に飛び込んできた男に、フェリクスが真正面から拳を叩き込んだ。技もクソもない単なる打撃だが、圧倒的な速度は男が視認できる限界を越えていた。

「がっ」

 まず一人が崩れ落ちる。ここで逃げていれば、残りの男たちが怪我を負うことは無かっただろう。しかし目先の利益に目が眩んだ男達は、正常な判断ができなかった。

「『光の精よ』」

 更に向かってくる男たちに、嫌悪感も露に魔術を行使するシャルロット。人間を狙った魔術の発動は校則で禁じられているが、この場にそれ咎める者などいない。容赦のない雷撃が、迫ってくる男の一人を戦闘不能に追い込んだ。

「なっ」

「魔術師かよっ!!」

 感電し、口から泡を吹いて崩れ落ちる男。分かりやすい力を目の当たりにして、ようやく残りの男たちが立ち止まった。その停滞が命取りであった。

 フェリクスが一気に距離を詰める。それと同時にシャルロットが魔力回路を組み上げていき―――




⚪️


「危ないところを助けていただき、ありがとうございました」

 乱れた服装を整え、それから完璧な所作で礼をするアメリア。

 誘拐犯を撃退してから移動を挟み、現在三人がいるのは大通りのど真ん中である。貴族令嬢が頭を下げるという珍しい光景に、周囲の視線が集まった。

 そして、その中で幾人かの政治に関心がある者達は、二人の令嬢がそれぞれ敵対する派閥の娘であると気付き、目を見開いた。

 人の噂は千里を走るという。この情報は、すぐにでも王都中に拡散されるだろう。

 ―――それこそがアメリアの策略だ。

 助けて貰うことでシャルロット個人との関係を築き、同時に人目に触れることでそれを周知の事実とする。

 全てを知るフェリクスは苦笑いを浮かべるしかない。

「本っ当に危なかったわよ。何であんな危険なところを歩くのかしら?せめて護衛くらい付けなさいよね」

「火急の用事でして、時間がなかったのです。次からは気を付けます」

「それがいいわ」

 得意気にふんぞり返るシャルロット。それを見てフェリクスがため息混じりに呟いた。

「おい。こちらのご令嬢は学院の三学年に所属されている、お前の先輩だぞ」

「えっ!?」

 驚きと共にアメリアの方を振り返るシャルロット。

「そ、それは本当なのかしら?」

 優しげな相貌の少女は、ニコリと笑って首肯した。とてもシャルロットの歳上だとは見えない、人によっては年下と認識するほど可愛らしい笑みだ。

「申し遅れました。私、ストライアー侯爵家長女の、アメリア=フォン=ストライアーと申します。ハーレブルク魔術学院に在籍していまして、今は三年生です」

「えっ」

 二つの意味でシャルロットが驚く。

 一つは、目の前の少女が、父親の政敵の娘である点。

 もう一つは、幼い容姿から勘違いしていたが、目の前の少女が本当に自分より歳上であった点。

「そ、それは失礼しました」

 シャルロットがよそよそしい敬語になる。

「いえ。私は命を救っていただいたのですから、その程度の事は気にしませんよ」

「命だなんて、それほど大それた事はしていませんわ」

「いえ。あの男たちを追い払ったシャルロットさんの魔術は、とても素晴らしいものでした」

「······そうね」

 暗い表情で頷くシャルロット。彼女の魔術が高い水準にあるのは、それを父親に強制されているから。誉められて嬉しい要素はないのだ。

「どうかされました?」

「な、なんでもないわっ!それより火急の用事があると仰ってましたけど」

「ああ、そうでした。すみません。今は時間がないのです。このご恩はストライアーの者として必ずお返ししますので、一旦失礼しますね」

 思い出したようにそう言い、優雅な礼をして去っていくアメリア。その小さな背が見えなくなってから、シャルロットがフェリクスを見た。

「そういえば、私、名乗ってなかったわよね?」

「そうだな」

「でもあの女、私の名前を知っていたわ」

 その言葉にフェリクスがため息を一つ。

「政敵の家系の顔を知らないのは、お前くらいだ」

「何よ、いけないっていうの?」

「この間の襲撃を忘れたのかよ。何があるか分かんないんだから、予防線のつもりで覚えておくもんだろ」

「······そうなのね。覚えておくようにするわ」

 頷くシャルロット。フェリクスはやれやれと頭を振って、それからおもむろにハッと顔をあげた。

「何よ急に」

「いや、なーんか忘れてるような気がして······あっ」

 一拍の間を置き、だんだんと血の気を失っていくフェリクス。やがて絞り出された悲鳴は―――

「バイト忘れてたぁぁぁ!!!!」

 その後、とある飲食店にて、一人の男がこってり絞られたとさ。




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