第55話 新たな風
数日後の昼休み。騒がしい食堂は、一人の生徒の登場によって一気に静寂に包まれた。
「ここに来るのは久しぶりですね」
胸元に付いたリボンの色を見なければ、三学年の生徒とは思えぬほど幼い容姿。されどその女子生徒が歩くだけで、学年に関係なく道の先にいる生徒たちが左右に割れる。
「アメリア様だ」
「どうされたんだ?普段はサロンで昼食を取られているのに」
生徒全員の注目を集める少女―――アメリアは、迷いの無い足取りで食堂の奥の方へと進み、やがて一つのテーブルの前で止まった。
「ごきげんよう、シャルロットさん」
「ご、ごきげんよう」
アメリアが自らの足で向かい笑顔で語り掛けた生徒は、シャルロットであった。
方や開戦派筆頭家、方や穏健派筆頭家。政界を二分する派閥争いの中心人物、その娘たちが笑顔で対面する事態に、場が騒然とする。
「これはどういうつもりかな?」
敵意も露にアメリアを睨み付けるルギウス。彼もまた開戦派筆頭家の長男である。
これにアメリアは微笑みと共に答えた。
「先日賊に襲われていたところを、そちらの用務員の方と一緒に通りがかったシャルロットさんに助けていただいたのです。本日はそのお礼を兼ねてご挨拶をしに来ました」
「シャルロットさん、それは本当なのかい?」
「本当よ。ねぇ?」
「なんで俺に振るんだよ·····まあ、事実だけどよ」
シャルロット、ついでにフェリクスがアメリアの言葉を肯定する。しかしルギウスの態度は変わらない。
「お礼なら今ので十分伝わったんじゃないかい?さっさと離れてくれるとありがたいんだけど」
格下の貴族相手とはいえ厳しい態度。しかし、課外学習での襲撃を仕組んだのが穏健派だという噂が広まっているならば、それは妥当な対応だ。
アメリアの笑顔が一瞬だけ曇った。
「これは私とシャルロットさんの話ですよ?」
「それが貴族全体に及ぼす影響は考えているかい?」
「命を救って頂いた相手になにもせずにいるのは侯爵家の恥。あなたはストライアー家に恥をかけと仰るのですか?」
シャルロットを抜きに争う両名。派閥争いに疎いテッドやエリナなどは、完全に置いていかれている。
そこに口を挟んだのは、本来の当事者であるシャルロットであった。
「ルギウスはちょっと黙ってなさい」
「君だってこの危うさは理解しているだろう!」
「そうだとしても、まず話を聞いてみないことには判断もできないわ。私の視点で危険だと判断したらその時点で帰っていただく。アメリアさん、それでよろしいでしょう?」
「ええ」
「だけどっ」
シャルロットが論理立てて、アメリアがそれに納得した形。粗のない展開にルギウスが詰まると、改めてアメリアがシャルロットに向き直った。
「それでは、長くお話しするのも宜しくないようなので、単刀直入にお伝えしましょう。四日後の夕方から夜にかけて我が家でお茶会が開かれます。私から最大のお礼の意を込めて、シャルロットさんをそちらの方に招待させていただきたいのです」
「······」
今度はシャルロットが押し黙った。お礼と言っても、てっきり手土産などで済まされると思っていたのだ。だが実際は、お茶会への招待という形でそれを表された。
アメリアの眼を見ればこちらを害する意図が無いことは分かるが、それにしても即答はできない内容である。派閥間のバランスを崩しかねない。これは危ないラインだ。
断るのが吉。もしかしたら受けることによって得られる最善があるのかもしれないが、リターンを求めるにはそれに伴うリスクが大き過ぎる。シャルロットは断ろうと口を開き―――邪な考えが脳裏によぎってしまった。
(これでストライアー家との親睦を深めることができれば、お父様も少しは私を見てくれるんじゃないかしら?)
異常なまでに力に固執する己が父。であれば、貴族同士の関係が生む力を認めてくれる可能性も否定しきれない。それに、一度意見を保留にすれば、父に相談することもできる。
「それは私の一存で決められることではありませんわ。一度このご提案を持ち帰って、お父様に判断をあおぐという形になりますけど、それでもよろしいですか?」
「無理は承知の上ですから。シャルロットさんの意見を尊重します」
そういって握手を求めるアメリア。シャルロットは迷いなく手を重ねた。
これは子供同士の約束ごと。しかし二人が持つ権力と影響力は計り知れず、この情報はすぐに上の世界を駆け巡った。
今はまだ小さな変化。しかし、シャルロットがお茶会に参加するしないに関係なく、前例のない一歩を踏み出したというその事実こそが、派閥争いに一石を投じるのだ。
⚪️
その日の夜中。バイトを終えたフェリクスは、ストライアー家の屋敷にてシリウスと対面していた。本棚で溢れた書斎。渦高く書類が積まれた大きな仕事机にてニコニコと笑みを浮かべる侯爵の隣には、同じくニコニコと笑みを浮かべるアメリアが。
こうして二つの顔が並ぶところを見ると、当たり前ではあるが親子なのが窺えるほど似通った顔立ちである。
「既にアメリアから話は聞いているよ。今のところは全て上手くいっているようだね」
「はい。シャルロット様が茶会への招待をお断わりになられる場合についても、準備は進めております」
「手際が良くていいね。いやあ、フェリクス殿を頼って正解だったよ」
「ありがとうございます」
「うん。それじゃあ、次の段階について確認をしようか。まずは―――」
全てはマーレアのため。フェリクスとシリウスは、計画について意見を交わしていく。
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