第50話

 翌日。まだ日も上り切らない早朝、フェリクスは泊めてもらっているエリナ家の裏庭で剣を振っていた。


「フッ」


 常人より遥かに恵まれた肉体を持つフェリクス。体は柔らかく、筋肉は強靭。それでいて全身がバネ仕掛け。才能に任せて剣を振るうだけでも一流の武人に並ぶほどだ。越すことも不可能ではないだろう。


「ハッ」


 多くの天才はそこで満足する。だって、適当な力任せの剣で、大抵の危険は退けられるから。それ以上は必要がない。


 しかしフェリクスは違った。己が肉体に天賦の才が宿っているのを知った上であらゆる知識をかき集め、その中から必要なものだけを吸収した。


 そうして試行錯誤の末に完成したのは、一切の無駄を廃した無機質な剣技だ。貴族の剣技に見られる華やかさも、叩き上げの軍人の剣技に見られる泥臭さも無駄。ひたすら合理性のみを突き詰めたそれはただ最短を駆ける。


 最上に近い肉体と、最上の更にその先を極めた技術。故にフェリクスの剣技は速い。速すぎる。どれくらい速いのかと言えば――


「あ、やべっ。またやっちまった」


 剣速に耐えきれずに、鍛えられた鋼鉄の剣が"歪んだ"。


「あー、ったく、これだからやなんだよ安物は」


 振るうだけで剣身を歪める武人が一体どこにいるというのだろうか。魔術を使えば剣などいくらでも壊せるが、生身でそれを為すのは人間の所業ではない。


 そして、フェリクスが怪物足る所以はそれだけではなく。


 適当な一声、それだけで手元に精密な魔力回路が組み上がり、強烈な力でひん曲がった剣を元通りに直して見せた。


 フェリクスは魔術の腕も規格外なのだ。


 剣術と魔術、いかなる天才とて二つの道を極めることは出来ないが、フェリクスはその不可能を可能にしていた。


 極まった、至った者だけが纏う強者の雰囲気をより研鑽し、来るべき時を待つ。次なる戦いに向けて、彼は既に準備を始めていた。



 

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