第51話 依頼内容
フェリクスは執事服の男の案内で、シリウスの邸宅の前に立っていた。其処は貴族街の中でもより王宮に近い区域であり、それはつまり邸宅の主が、王の側に居を構えることを許されるほど人物であるということ。
門の向こうに見えるのは、贅の限りを尽くした荘厳なる空間。文官畑のシリウスの邸宅には武官のそれに見られるような武骨さが無く、ただひたすらきらびやかな光景が広がっている。そして、天上の楽園に一歩足を踏み入れれば、
「私の屋敷にようこそ、フェリクス殿。歓迎するよ」
シリウス侯爵自らフェリクスを出迎えるという過ぎた演出。貴族とは天上の世界の生き物であり、侯爵はその中でも最上位に近い存在。それが平民のために出てくるのは異常で、だからこそフェリクスは礼を強いられる。
「この度はご招待に預かり、誠に光栄に存じます」
「ははは、そう畏まらないでくれ」
朗らかな笑いを浮かべてフェリクスを歓迎するシリウス。
最強に近い力を持つ男と、それを最大限に活かせる権力を持つ男の邂逅。この出会いが世界にもたらす影響の大きさは計り知れない。
シリウス自らの案内を受けるフェリクスが通されたのは客室であった。其処もまた侯爵家としてのスケール。完璧な調度品に彩られた空間である。
「さて、改めて私の邸宅へようこそ。シリウス=フォン=ストライアーは、フェリクス殿を歓迎しよう。まあ座ってくれ」
「失礼します」
フェリクスを椅子に座るよう促したシリウスは、フェリクスの完璧と言える所作に目を細める。
「ふむ。先程の言葉遣いもそうだが、娘から聞いていた話とは違って、随分礼儀正しいみたいだね」
「何故ご息女が?」
「ああ、うちの娘が学院の三年生でね。こうしてフェリクス殿を呼ぶ前に向こうでの様子を聞いていたんだ」
「そうだったのですか。それは、その、お耳汚しを………」
「はははっ、気にすることはないよ。最近は退屈していてね、良い刺激になった」
貴族にしてはやけに親しげに話すシリウス。笑顔の裏にある思惑が読めず、フェリクスは終始聞く側に徹するしかない。下手に口を開いて墓穴を掘るわけにはいかないのだ。
「それなら良いのですが···」
「非常に楽しめたよ。ただ、一つだけ気になることがあってね」
「なんでしょう?」
「先の襲撃事件でフェリクス殿は、凄腕の暗殺者を何人も退けたという。私に武のあれこれは分からないが、素人ながらに凄いことなのは理解できたよ。それだけの力を持っていながら、何故無能であることを選んだのかな?」
この質問が来ることは予想していたフェリクス。貴族であれば、依頼をする者について不明瞭な点は残さない。当然ここは突かれるところだ。
「正直に申し上げますと、権力というものにあまり関心がありません。私はその場その時を楽しめればそれで良いと思っています」
「成り上がれば楽しみの質が変わるだろう?こんな荒っぽい情勢だし、機会はいくらでもあるはずだよ」
「その、あまりお気持ちの良い言葉ではないと思うのですが、過度に何かに縛られるのが好きではないのです。上級階級の娯楽は確かに格式高く素晴らしいものと存じますが、反対に泥臭い興じ事には手を付けられなくなりますので」
「なるほど。確かに気持ちの良い話ではなかったね。これが価値観の相違というものか」
笑顔で頷くシリウス。面倒な質問が終わったフェリクスは内心でホッと一息を付き、その隙間を縫うように、シリウスがさらに質問を被せる。
「でも、権力に興味が無いと言うわりには、グラディウス家のご令嬢と深く関わっているよね?」
「それは成り行きと言いますか······」
シャルロットとフェリクスの関係が成り行きなのは間違いないのだ。ならば理由は後付けで事足りる。
「私の友人であるルークがシャルロット様の担任をしていまして、その関係で偶々お会いする機会があったのです。その後何度かお話をさせていただくうちに、シャルロット様の器量に感銘を受けました」
「ほう、それで?」
シリウスが興味深げに続きを促す。
「ご存じの通り、私は人間の底辺のような存在です。だからこそ、後に大きな存在となられるであろうシャルロット様に、下々の事も知って頂きたかったのです。その分野であれば、私から知れることもあるでしょうから」
「自らの数十年後を見越しての行動ということかい?さっき言っていた、その場その時を楽しむという言葉と矛盾しているようだけれど」
「こればかりはどうしようもありません。私は、シャルロット様の器にやられてしまったのです」
突かれれば痛い矛盾。だからこそフェリクスはシャルロットを徹底的に持ち上げる。これを否定するのはシャルロットの将来性を否定するのと同義。いくら侯爵であろうと、王族の血を引く公爵家の令嬢はいたずらに悪く言えないのだ。
「確かに、目映い輝きは人のあり方を歪めてしまうものだからね。うん、試すような質問をして済まなかった」
これ以上詰めれないから、ここが終着点。シリウスは何でもないように質問を終えた。そして、さっさと話題を変えてしまう。
「さて、フェリクス殿についてよく聞けたことだし、依頼の話に入っていこうか」
(ようやくか)
今度こそ質問攻めが終わったと一息付くフェリクス。しかしある意味では、次にシリウスが発した言葉のほうが、辛いものであった。
「今回フェリクス殿を呼んだのは、まあ今更だけど開戦派と穏健派の亀裂を小さくするためだ。もっと言うと、ストライアーとグラディウスが表向きだけでも良いから、関係を修復することが目的だよ」
「それで、私は何をすれば良いのでしょうか?」
「フェリクス殿には、私の娘をシャルロット嬢に紹介してほしい」
「そ、それは」
唐突なその言葉に驚愕を隠せないフェリクス。
「言いたいことは分かるよ。貴族の令嬢なんて面倒な生き物だし、必要以上に関わりたくは無いだろうね。ただ、私とグラディウス家の当主が直接手を結ぶのは不可能に近いだろう。そうした場合、残った手段は次の世代に託すことだ」
「確かにそうですが」
「それにね、私たちは互いに対立する派閥の頂点だ。くっつこうとすれば、当然横やりも入ってくるだろう」
貴族の世界で言う横やりは暗殺が常だ。そういう意味でフェリクスを雇っておくことには、二重の利点が発生する。一つはシャルロットとの関係がある点、もう一つは暗殺を防ぐ実力者である点で。
「そういうわけで、いざと言う時にはその力を使ってもらいたいんだけど、どうかな?」
侯爵の頼みをフェリクスが断れるはずがなかった。
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いつも応援ありがとうございます!
今日はコメントを二件もいただけて、嬉しさでにやにやが止まらないですww
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