第18話 シャルロットとフェリクス
「いや、本当に助かった。さっきのはマジで死ぬかと思った」
「あなたはいいかもしれないけれど、私は最悪だったわ。あれほど恥ずかしい思いのしたのは人生で初めてよ」
現在、シャルロットとフェリクスは人気の少ない飲食店で休憩を取っていた。
フェリクスを連行していた憲兵に、シャルロットが堪らず声を掛けたのが数十分前のこと。貴族令嬢に弁明されては憲兵も強く出れず、なんとか解放されたフェリクスを連れてこの店に来たという訳だ。
公衆の面前で憲兵に連行されながら奇声をあげる青年を庇った少女の心労は計り知れない。
シャルロットは深い溜め息をつくと、テーブルに上体を伸ばした。相当参っている。
「まあ、最悪だろうな」
「誰のせいだと思ってるのよ」
「俺も最悪だったんだからな?いきなり憲兵に職質される気持ちが分かるか?」
「そんなの分かりたくもないわ。私はあなたみたいに馬鹿じゃないもの―――」
罵倒に切れがないのは、疲れているからか、はたまた違う理由か。
シャルロットは気力を振り絞って言葉を繋げる。
「何であなたはこうも問題ばかり起こすのよ」
「それだけはお前に言われたくねぇ!!」
「うぐっ」
あまりにも痛すぎる指摘に、シャルロットは言葉を詰まらせた。彼女のこれまでの振る舞いは、数日間まともに過ごした程度では洗い流せない。
「つーかお前、まだエリナのこと虐めてねえだろうな?」
「なっ、もう虐めてないわよ!!」
「もうってことは、それ以前はやってたわけだ」
「―――っ!!」
シャルロットは客の注目を引くこともお構い無しに、激情に任せてテーブルを叩いた。しかし続く言葉は飲み込んだ。フェリクスが言っていることは全てが事実なのだ。
フェリクスは、そんなシャルロットの様子を正面から観察していた。そして、ふっと短く息を吐く。
「まっ、こんなもんかね」
「なにがよっ!!」
「魔術、教えてやるよ」
「はぁ!?なに言って――――――え?」
間抜けな声をあげて固まるシャルロット。突然の事態に理解が追い付かず、素の表情で停止している。
「だから、魔術だよ。ま・ じゅ・つ。魔術の前に、言葉の読み書きから教えた方がいいか?」
「そんなわけ無いでしょう!!」
「ならいいだろ?ほら、咽び泣いて喜べ」
「そうね。涙が出そうだわ。あなた玉ねぎ臭いもの」
久しぶりの縦ロール節を喰らい、撃沈するフェリクス。
「玉ねぎ臭いってなんだよ。流石にそこまで臭わねぇだろ――――なぁ、本当に臭ってないよな?」
「さぁ、そんなの知らないわ。それより私に一つ質問させなさいよ」
すっかり落ち込んでしまったフェリクスは、目だけで続きを促した。シャルロットは、若干言葉に詰まりながら続きを言う。
「あの時は、これでもかってくらい断ってたじゃない。なんで今さら意見を変えたのよ」
「なんだ、聞きたいってそんなことか。ばーか、変えたのは俺じゃねぇよ」
「?」
「変わったのはお前だろ。いや、戻ったっつうべきか?」
「へ?」
やる気の無い表情を消し、フェリクスは真剣な眼差しで言葉を紡いだ。
「自分の意志で拳も隠せねぇやつに、力は与えたくねえ。俺が思ったのはそれだけだったからな。その気持ちは今も変わらねぇよ」
そう言いきると窓の外に視線を外してしまったフェリクスの横顔は、シャルロットの人生経験では言い表せないほどの複雑な感情に満ちていた。
近いのに、遠い。普段のふざけた態度との違いに、思わず相手がフェリクスであることを失念してしまったほどだ。
シャルロットは、その横顔をぼーっと眺め
「あなた、その台詞と横顔だけはやめた方がいいわよ。気持ち悪いわ」
「おい!!こっちは真面目に話してんだぞ!可愛くねぇ奴だな!!」
フェリクスの表情は普段通りに戻っていた。シャルロットは、そのことに何故か安心感を覚えた。
「あら、これ以上無い美少女を捕まえておいて、可愛くないは酷すぎないかしら?」
「あーあー、そうだな。お前は可愛いもんな。俺のために宝石買ってくれるんだもんな」
「―――っ!?そ、それは私じゃないわよ!」
羞恥心で頬を赤く染め、必死で反論するシャルロット。フェリクスはニヤニヤと意地汚い笑みを浮かべた。
「『私が用意した宝石にケチつけるなんて、あなたいい度胸してるじゃない。どこの部署所属よ?言ってみなさい?』」
「そ、それはさっき私が言った――――あぁ!?」
自ら墓穴を掘っていたシャルロットは、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。そして、あーあーあーと叫んで事実を消し去ろうとする。
「『何なら証拠を用意しても良いわよ?それを取り寄せたときの証明書はまだ残っているもの。勿論、魔術の契約書よ』」
フェリクスの気持ち悪いレベルで上手い声真似が、少女の精神をガリガリと削っていく。
「『あなた、私を誰だと思っているのかしら?私は―――』」
「《死ね!!》」
「―――あっぢゃぁ!!」
全く拳を隠せていないシャルロットであった。
⚪️。
その後、迷惑をかけた店に多目の金額を払った(勿論シャルロットが)二人は、魔術教本を扱う書店を訪れていた。
魔術の実験場が隣接された書店は、本屋でありながら防御力をあげる魔力回路が張り巡らされている。
その回路を視線でなぞりながら歩くシャルロットと、ぼーっとしたままのフェリクス。対照的な二人は、ここでも地味に注目を集めていた。
「なんの本買うんだ?」
「第三階梯の魔術は一通り覚えたから、第四階梯の入門書を買いたいのよ」
「ちょっと前までは、しょっちゅう第四階梯暴発させてただろ。基礎くらいは覚えてないのかよ?」
「暴発と制御は別よ!扉とか器具とか、壊してばっかりだったじゃない」
「へぇー。じゃあ、これとこれと、あとこれか?」
適当に選んでいるのではないかと疑ってしまうほど手早く本を取っていくフェリクス。だが、不安になったシャルロットが彼から本をぶん取ってページを開くと、それらは全て彼女のレベルに適した内容だった。
「ほんと、意味分からないところで凄いのよね」
「なんか言ったか?」
「言ってないわよ」
下手くそな口笛でガッタガタの音を奏でるフェリクスをちらりと見て、シャルロットは溜め息を隠せなかった。せめて、もう少しまともになってくれないものか、と。
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