堕ちた職員

magnet

第1話 非日常な来客


「えーっと、コカトリスの羽根とブルーサーペントの皮、ワーバーンの牙でお間違え無いですか? 全部で合計一万五千G《ゴールド》になります」


「おいおい、もうちょっと高くしてくれよ。なぁ、二万でどうだ?」


「すみません、規定の金額以外でのお取引はできかねます」


「チッ、わーったよ使えねーな。お堅いギルド職員が」


 冒険者によってコト切れてバラバラにされたモンスター達の素材を買取る、それが俺の仕事だ。彼らはこの地に降り立つ悪魔を退治する為に日々研鑽を積んでいる。その結果害獣駆除にも繋がっているから感謝しなければならない。


 ……ならないのだが、それにしても何故この人は怒るのだろうな。規則でちゃんと買取金額も設定されているのに、それ以上を欲しようとする理由が分からない。金額が気に食わないなら別のところで買い取って貰えばいいのに。


「ありがとうございやしたー」


 バタン


「ふぅ、」


 やっとこの時間が訪れた。客が来ない凪の瞬間、俺はこれが堪らなく好きなのだ。何を考えても考えなくても許されるこの合間で、適当に今日の夕飯のことを考えるのが至高なのだ。


 冒険者からは毎日同じことの繰り返しで何が楽しいんだ、とかつまらなさそう、だとか言われるが、私は全くそんな風には思わない。ってかむしろこっちの方が聞きたいくらいだ。何故そんな危険で安定しない職業に就きたいのか、と。


 冒険者は毎年、不動の子供たちがなりたい職業ランキング一位だ。


 皆、同じような毎日が繰り返されることの幸せを分かっていないのだ。常に八十点を取り続ける、それだけで人生は幸せなのだと言うのに。


 だから、毎日が平和に終わることが何よりも幸せだし、いつもと違う非日常なんてファンタジーの中だけで十分だ。


 ッバン!


 はぁ、もうオアシスは終了か。さて、仕事しますか。


「いらっしゃいま……」


 客が来ることはこちらとしては非常に迷惑でしかない。なんせ俺の至福の時間が奪われるのだからな。だが、それは業務に支障が出るほどのことではない。なんせ、それすらも俺にとっての日常、当たり前のことになっているからだ。


 だがしかし、今しがた入ってきた人間はどうも俺の日常からは逸脱しているようだった。


 いや、後から考えれば、非日常すらも通り越していただろう。身なりが綺麗すぎたり、防具どころか武器すらも所持していなかったり、素材買い取り所なのに素材らしきものを持っていなかったり、いくらでも怪しい点はあった。


 だが、その時はそんなことを考えるよりも先に、私の脳内がある一つの感情で埋め尽くされた。


「綺麗……」


 そう、あまりにもその顔の造形が美しかったのだ。今まで見てきたどんなものと比べても、だ。


 おいおい顔が綺麗なくらいで業務に支障をきたすな、と思うかもしれないが、それはこの顔を見ていないから言えることだ。その顔は明らかにこの世ならざるもののソレで、どこからどう見ても異常なレベルだった。


 男とも女とも取れないようなその見た目に俺が見惚れていると、


「お、ラッキー人間発見! ちょっと失礼するぜ」


 そう言ってその男? 女? いや口調から推察するに男だな。ともかくその美しい不法侵入者が、目を奪われて呆然としている私に向かって飛び込んできた。そして、消えた。


「え、ん?」


 キョロキョロと辺りを見渡しても、何処にもいない。カウンターの下や棚の中など隅々まで探してもいないのだ。今確かにそこにいたよな? あれ、もしかして俺は幻覚を見ていたのか? 働きすぎか?


 ッバン!


 俺がそんな不可解な現象に頭を悩ませていると、再び来客が現れた。はぁ、このタイミングで客かよ。本来ならば当たり前の客も、非常時に来たらそれはもう日常でもなんでもないぞ?


 だが、その客自身もまた普通では無かった。


「いらっしゃいま……え、騎士団、、それも王様直属の!? こ、これは失礼いたしました! この様な場所にな、何用でございましょう」


 そう、それは王様直属の騎士団だった。ここは王都から遠く離れた場所だ。こんな所に一体何故?


 次から次へと私に襲いかかってくる疑問と、収まる気配の無い異常事態に頭が痛くなってきた。ってかさっきの美人は結局どこにったんだ?


 そんな俺の頭痛はつゆ知らず、騎士団の団長格の人が俺へと話しかけてきた。


「うむ、ここに一人の……男が来なかったか?」


 騎士団長と思われるとても偉そうな方からそう言われた。あまりにもイレギュラーな事態に疲れていた俺は即座に「はい、来ました。そして消えました」と答えようとした。もうこの事態が終わるのならばどうでもいい、早く終わってくれとばかり考えていた。が、何故か口が開かなかった。


『おい、答えるな。というか来ていないと言え。じゃないとお前、死ぬぞ?』


「え?」


 突如どこからともなく俺の脳内にそんな声が響いたのだ。もう訳が分からなさすぎる、勘弁してくれ。ただ一つ俺は直感的に理解してしまった。恐らくこの声の主がさっき現れて何処かに消えた人物だということを。


 だが俺の頭はもう限界だった。そして、


「はい、つい先ほどやって来ましたよ? ですが、何処かへ消えてしまいました」


 俺の口はそう答えた。先ほどの人には申し訳ないが、私も王様直属の騎士団に嘘を吐こうとは思わない。普通に偽証罪になり得るし、嘘は俺から平穏を遠ざけると言うことを知っているからな。


 それに何より確信がある。私は何も悪いことをしていないのだ、この男の稚拙な、脅迫とも言えないような言葉に踊らされる必要はないのだ。


「ふむ、分かった。では少しその男について話が聞きたいからついて来てくれないか?」


「はい」


 私は一切の反抗する素振りを見せずに従順に言うことを聞いた。普段ならもう家に帰ってる時間だが、王様直属の馬に乗れる事なんて滅多にないし、良い経験だ。


 そうして私は王都へ到着し、


 ッガッシャーーン!


 牢屋へとぶち込まれた。


「え?」

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