息吹け!う・ら・め・し・やー!

川詩 夕

第1話 放課後

 一人の少年が忘れ物を取りに放課後の教室に居た。夕暮れ時特有の仄暗い雰囲気が教室の中を漂う。

 少年は机の中へと手を伸ばし入れ、ガサゴソと宝探しをするかの様に探っている。


「あれ? おかしいなぁ……たしか机の中に入れておいたはずなんだけど……」


 冷んやりとした長い廊下を一人の少女が歩いている。

 背はちょっぴり低めで、おへその辺りまであるストレートの黒髪は流れ星みたいにキラキラと輝いていた。

 不思議な事に、その少女が歩いても足音は全く聞こえない。

 廊下を歩いていた少女は扉の開かれた教室の前で立ち止まり、忘れ物を探している少年の後ろ姿をじっと見つめていた。


「ねぇ、なにしてるの?」


 少年はびくりと体をこわばらせて、恐る恐る後ろを振り向くと、真後ろに少女が立っていた。


「うわっ! び、びっくりしたぁ……驚かさないでよ」


 少年は目をぱちくりさせながら少女を見つめる。


「宿題で使う忘れ物を取りに来たんだよ」

「そうなんだ?」

「君、見かけない子だね? もしかして四年生?」


 少女は色白でマシュマロのように柔らかそうなほっぺたを少し膨らませて、ムッとした表情を浮かべた。


「ちょっと背が低いからって失礼ね! こう見えても私は五年生だよ!」

「ご、ごめん、見かけた事なかったからさ。あっ、もしかして転校生?」

「ずっと昔からこの木の葉小学校に居ますけどっ!」

「ずっと昔? 僕たちまだ五年生だから昔って表現はなんか違う気がするけど」

「そんな事はどうでもいいでしょ! 今は昔なのっ!」

「今は昔? なんだかよく分からないなぁ」

「もぅ! ……それよりさぁ、手ぇ、借りたくなぁい?」


 少女は少年の目を見つめ薄らと笑みを浮かべながら首を傾けた。

 少年は少女があまりにも可愛らしかったので、ぼうっと見惚れてしまった。


「ねぇ、聞いてる?」

「あ、あぁ! 忘れ物が見つからないし猫の手でも借りたい気分だねっ」


 少年は慌てながら机の中へ手をつっこんで忘れ物を探した。勢いあまってお道具箱が机の中から飛び出してしまい、教室の床へとひっくり返った。


「ふふっ」


 少女は薄ら笑みから不気味な笑みへと変わり、しゃがみ込んだ少年を見下ろしている。少年は無我夢中で散らばったお道具箱の中身をかき集めていて、少女の視線に気付いていない様子だった。


「手ぇ、貸してあげる」


 ぼとりっ。と不気味な音が夕暮れの教室に響いた。

 少年の目の前に、真紅のリボンで蝶々結びがされている手首が落ちていた。


「えっ?」


 少年は沈黙しながら手首を見つめた後、少女の方へと視線を上げた。

 少女の満面笑みを浮かべ、両目は三日月のようになっていた。少女は手首の取れた腕を少年へ向かって振って見せる。


「うわぁあああああっ!」


 少年は散らばってしまったお道具箱の中身を放ったらかしにして、教室から一目散に飛び出した。


「ふふっ、ちょろいちょろい♪ リボンまで結んじゃって気合い入れすぎちゃったかな?」


 少女は真紅のリボンが結ばれた自分の手首を拾い上げて教室を後にした。

 冷んやりとした長い廊下を……歩いても……歩いても……少女の足音は一切聞こえなかった……。

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