あの淀めく血の底に

ういろう

第1話 プロローグ

 今からおよそ17年前、わたしはとある家庭に生まれることになる。


 父はごく平凡なサラリーマンで、母は兄を身ごもって以来は専業主婦として家事に専念していた。そして兄が生まれてからの計3名は、月末になると一家総出で旅行へ行き、思い出づくりにはげんだ。


 その家族ははたから見ても幸せそうで、事実わたしの両親はおしどり夫婦と言うに相応しいものだったらしい。


 兄が生まれて6年後、そんな家庭に生まれたわたしは死と身近な関係にあった。そのきっかけとも言える初めの出来事は、わたしが産声をあげたときの母の死だった。


 続いてその死にショックを受けた母方の祖母が気を病み、数年後に病死。そして後を追うようにして祖父も老衰で亡くなった。


 父に手を引かれて死ぬ前の祖父の病室を訪れたとき、祖父はひどく錯乱さくらんしてテレビのリモコンやおぜんをわたしに投げつけ支離滅裂にわめいていた。それから程なくして祖父は死んでしまうのだが、わたしが見舞いに来てからというものずっと泣いたり、叫んでみたり、笑ったりを繰り返していたらしい。そしてそれを機に、兄はわたしを嫌いだした。


 しかし父だけは相も変わらず、わたしの頭を優しく撫でてくれた。そんな心地よい手つきだけが、あの家庭内で唯一安心感を得られる方法だった。


 だがそれも兄が柔道の試合中に首を折られ、死んだことで必要なくなった。事故だったらしい。


 もはやここまでくると火葬場の景色も見慣れたもので、葬儀すら学校を休める、ある種のイベントのようにも感じていたと思う。そのうえ苦手な科目のテスト日と、兄同様にわたしを嫌っていた父方の祖父が不審者に殺害された訃報ふほうが重なった事もある。おかげでわたしだけがテストを延期され、無事赤点を回避することができた。


 だから、どうにもそれらが嫌いになれない自分がいた。いくら泣く羽目になったとしても、心臓に穴が開くような思いをしたとしても、結局はそれ含めての自分であるから嫌ったって仕方がない。どうすることも出来やしない。過ぎた時間も戻らない。ついでに誰からも愛されない。


 そいつを心から愛せる物好きを世間は狂人と呼ぶだろう。そして、そんな奴をわたしは自分以外に知らないのだ。

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