第2話 黒いトカゲの正体
「ガーゼを取り替える時は優しくしてあげて。嫌がって暴れて自分で尻尾を切っちゃったりしたら最悪だから」
動物病院の先生は手当をしながら怖いことを言った。
けれど命に別状はなく、このまま傷を綺麗にしていったら元に戻るって。
少し刺激は強かったみたいだが、私の初期対応はそれほど悪くなかったと言われて安心した。
◇◇◇
家に帰ると、ケイが顔を輝かせてやってきた。
「お姉ちゃん! このトカゲ『ブラックパール』だよ、きっと」
どうやらタブレットを使ってトカゲの事を色々調べていたらしい。
「ブラックパール?」
私は首を傾げた。
「あのね『ホウセキカナヘビ』っていうトカゲがいるんだって。そのトカゲの中で、たまに黒い子が生まれるんだって。ほら」
「なるほど、確かに似てる。仲間かもしれないね」
タブレットの画面には光沢のある漆黒ボディのトカゲが映っていた。確かに似ている所もあるけど、鱗の煌めきはこの子の方が綺麗な気がする。
動物病院の先生も初めて見たと言ってたし、ひょっとしたら珍しい種類なのかも知れない。
「お姉ちゃん、この子の名前は『ブラック』にしようよ。ね、いいでしょ」
本当の飼い主が探している可能性があるから、名前をつけるのには抵抗があったが、ケイがキラキラした目でお願いするから「いいよ」と言ってしまい、黒いトカゲは「ブラック」になった。
ブラックは思ったよりも順調に回復していった。
しかし、このトカゲ、一緒にいればいるほど相当ヘンテコな奴だいう事が分かってきた。
まずは餌。
最初は生き餌が良いのかと思ってクモやコオロギをあげてみたけど、すごく嫌そうにして食べなかった。
次にグリーンイグアナみたいに葉っぱを食べる種類なのかと思ってキャベツをあげたけれど、ちょっぴり齧るだけ。
ダメ元でリンゴをあげたら食べた。
極めつきは「プリン」。
ある時手作りしたプリンを食べていたらリビングのゲージから、強い視線を感じた。
まさかと思ってスプーンを近づけたら、とても美味しそうに食べたのだ。
ブラックはトカゲっぽくない。
ケイと遊んでいる姿は犬か猫みたいだし、話しかけるとまるで言葉が分かっているみたいに頷いたり首を傾げたりしている気がするし。
そんな反応が面白くて、私は時々ブラックに話しかけた。
部活のこと、勉強のこと、家族のこと…… ちょっとした愚痴も。
時に慰めるような仕草をしてくれて、一緒にいて癒される。
元の飼い主なんて現れず、ずっとこのままが良いなんて思い始めていた。
◇◇◇
肌寒かった昨日とはうってかわり、今日はぽかぽか気持ちいい。
トカゲは日向ぼっこが好きだ。
私はバスケットにブラックを入れて近所の公園にへ向かった。
日当たりの良いベンチに腰掛け蓋を開くと、這い出してきたブラックは私の膝にチョンと乗り、気持ちよさそうに目を閉じた。
小鳥の声、木々のさざめき、心地よい風。
私にとっても安らぎのひとときだ。
部活が忙しいのは前からだが、勉強もどんどん難しくなってきている。
学園祭の準備もあるうえに、生徒会選挙に出ないかと誘われそれも準備中。
一方で家のことも協力しないと回らない。
最近ずっとバタバタしていたな。
お日様にじんわり温められるのって心地よくて、なんだか力が湧いてくる。
ブラックの気持ちが分かるかも。
「癒されるなぁ」
私はぐいと背伸びをして、新鮮な空気を肺に入れた。
「イチカは頑張りすぎなんだ。時にはこんな風にしっかり休めよ。それに上手く手を抜くのも覚えた方が良い」
「手を抜くってね。簡単に出来たら苦労しないよ……え?」
今の声、膝の上から聞こえた気がしたんだけれど。
ブラックはつぶらな瞳をパチクリさせた。
「嘘でしょう?」
「いいや」
ブラックがニッと笑った。
いや、待って、きっと気のせい。
正面から見たトカゲの顔は大抵笑顔に見えるもの。
これは、喋るはずのないものが話しかけくるドッキリに違いない。
もしやどこかにカメラが⁈
私はブラックをバスケットに戻すと慌ててベンチの下やら、遊具やら木の枝の陰を探した。
「イチカ、不審者っぽいから止めろよ。ちゃんと説明するからさ。どこか二人きりになれる場所に行こう」
ブラックの
二人きりになれる場所なんて思いつかなくて、私たちは結局家に戻った。
一体誰の悪戯だろう。
私は普段はリビングにいるブラックを連れて自分の部屋に入った。
「あなたは誰? どこから見ているの? スピーカーはどこかな?」
私は腕を組んでブラックへ問いかけた。
「誰と言われても。俺は何者でもなく俺だよ。うん、見せた方が早いか」
ブラックの瞳がキラリと光った。
すると、カチッと音を立てて部屋の鍵が勝手にかかった。
そしてトカゲの姿が霞みだした。
私はじっと目を凝らす。
次の瞬間、ブラックが姿を変えた。
そこには黒髪長髪で金の瞳の、綺麗な男の人が立っていた。
「イチカ、俺のものになってくれ」
ただでさえ訳が分からないというのに、人の姿になったブラックの第一声に私は更に混乱した。
「え? え?」
意図を掴みかねていると、彼は襲いかかってきた。
動きに反応できず逃げ損ねた私は、両肩を掴まれたままベッドに倒れ込んだ。
「逃げるなよ。お願いだ、早く刻んでしまいたい」
男の口の奥に鋭い牙が見えた。
ブラックって、妖怪だったの?
人間離れした美しい顔がゆっくりとが近づいてきて、私の首筋を舐めた。
次にその場所がチリっと痛んだ。
噛まれたのだろうか。そこが火傷をした時のように熱い。
ダメだ。喰われる。
振り払おうとしても、まるで抱きしめるように回された腕は悔しいけれどビクともしない。
このままトカゲの餌になって死んでしまうのだろうか。
お母さん、お父さん、ケイも……ごめんね。
走馬灯のようなものが頭を過った時。
「お姉ちゃん、いるの〜?」
ドアの向こうからケイの声がした。
脳みそがフル回転している。
今、私が食べられちゃったらケイはどうなる?
次に犠牲になるのはひょっとして……。
ダメだこのままじゃ、せめて逃げてって伝えなくちゃ。
私は大きく息を吸って、叫び声を……。
あげられなかった。
何故なら私の口は、謎の男の唇でしっかり塞がれてしまったから。
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