第12話 三日月 海辺

 久しぶりに僕は屋上へと向かう。


 重い扉を開けたその先に彼女は立っていた。


「冬夜くん!」


 右手を上げて元気よく手を振る。


 僕も手を振る。


「やっほー陽菜ちゃん。今日は俺たちもいるよ〜」


 少し遅れて僕の後ろについてきた咲真が顔を出す。


「咲真くん!後ろにいるのは夏菜ちゃん?二人とも来てくれたんだ!」


 彼女の笑顔がいっそう明るくなる。


 夏菜さんも僕たちの横に並んで、彼女に手を振る。


「うれしいな〜今日はみんなで何しよっか!」


 彼女がこっちに近づいてくる。


「それなんだけどさ、今日はみんなで海行こうぜ!」


 咲真が彼女に言う。


「えっ?」


 彼女はいきなりのことで驚いていた。


 咲真から何も聞かされていなかったから、僕も思わず咲真の方を見た。


 僕は少し冷静になって、咲真に向かって


「咲真、さすがそれは無理があるだろ。陽菜ちゃんは病人だぞ」


と返した。


 咲真はニヤリと笑って僕にこう言った。


「ふっ、甘いな冬夜。そう言われると思って、俺はすでに看護師さんに許可取ってるんだぜ!」


 咲真は腰に手を当ててドヤ顔になる。


「許可っていつの間に……夏菜さん知ってた?」


 僕は夏菜さんに聞いた。


「うん。さっき受付したときに冬夜くんが先に行ったあと、看護師さんに聞いてた」


 夏菜さんは頷いてそう言った。


「私も聞いたときびっくりしちゃったよ」


 夏菜さんは僕の方を見て笑う。


「そんなときに……でも陽菜ちゃんが……」


 僕は彼女の方に視線を向けた。


 彼女は目を輝かせている。


「陽菜……ちゃん?」


 その様子を見て、僕の予感は的中する。


「いこう!みんなで海とか青春だよね!やってみたかったんだ〜!」


 彼女がワクワクしているのが分かる。


「というわけで、みんな早く行こうぜ!善は急げだ!」


 咲真は階段を降りる。


 彼女もそれに続いていく。


「冬夜くん!夏菜ちゃん!はやくはやく!」


 振り向いて僕たちを呼ぶ。


「分かった、分かった。すぐ行くよ」


 僕は二人の後ろをついていく。


 僕たちは受付の前を通って、外の自転車を取りに行く。


「山川さん!いってきま~す」


 彼女は看護師さんに手を降って、外に出る。


「いってらっしゃい!楽しんできなよ〜」


 看護師さんはそう言って、送り出してくれた。


 僕たちは外に置いてある自転車に乗る。


「あれ?そういえば陽菜ちゃんはどうするの?」


 彼女の分の自転車が無いのに気づいた僕は咲真に聞いた。


「あっ!たしかに。考えてなかった……」


 咲真がどうしようか考えていると、彼女は僕の自転車の後ろに乗った。


「え?陽菜ちゃん?」


 僕が驚いていると彼女が


「冬夜くんの後ろに乗っけてよ!一回やってみたかったんだよね〜」


とゆらゆらしながら言った。


 僕が戸惑っていると咲真が


「おぉいいじゃねぇか冬夜、それ以外に方法なさそうだし」


と言ってさっさと坂を下りていった。


「ちょ……待てって」


 僕は急いで自転車にまたがる。


「冬夜くん!先に行ってるよ!」


 夏菜さんもそう言って、坂を下り始めている。


「夏菜さんまで……もう……陽菜ちゃん!しっかり掴まっててね」


 僕は彼女の手を取って、僕の腰に手をまわした。


「うん!」


 彼女は返事をして、ギュッと僕に抱き着く。


 寒空の中感じる彼女の温かさは、彼女が生きているというなによりの証明だ。


 僕はブレーキをめいっぱいかけながら、ゆっくりと坂を下っていく。


 咲真はノーブレーキで下っていったのか、姿が全然見えない。


 提案者のくせに、一人だけ気持ちが先走って進んでいく。


 だけどそういうところは嫌いではない。


「冬夜くん!寒いけど、風が気持ちいいね!」


 後ろに乗る彼女は風を感じて、気持ちよさそうに言った。


 自転車に乗るのも久しぶりだから、楽しいのだろう。


 声で彼女がウキウキしているのがよくわかる。


 僕は自転車のペダルを強く踏み込む。


 夜空に輝く星月が、暗い夜道に光を差しこむ。


 薄暗い田舎道に、自転車のタイヤの音だけが響く。

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