異種族会議/勇者殺しの言い逃れ その2
「現場に、」
わたしの言葉にエルフとドワーフの目が向いた。
じっと見つめられ、観察されている……、おかしな行動を見せればすぐにでも飛びかかってきそうな緊張感……。ここからは、言葉を選ばなければ――。
「手がかりなど、あったりしませんか……? ドワーフ領、だったんですよね。
……疑って悪いですけど、第一発見者はその場で証拠品を始末することができます……、発見者が手がかりを消した、とか……」
「大岩と、下敷きになった勇者だけが、現場に残されていたな。地形は荒れてしまって足跡もない……、恐らく消えてしまっただろう。
手がかりも、あったとしても紛失している可能性が高い……。気になるなら現場を見せようか? あんたの翼なら数分で現場までいけるだろう?」
「い、いや、大丈夫です。……勇者はどうして避けられなかったんですか?」
単純な疑問だった。
勇者は魔王を封印するために選ばれた人間だ。戦闘力はかなり高い。
人間離れした身体能力、エルフ以上の魔法を使うことができる。そんな勇者がただの事故で、大岩の下敷きになるとは考えにくい。
たとえ昼寝中、作業中を狙ったとしても――持ち前の頑丈さで堪えられる気もするんだけど……、打ちどころが悪かった?
それに……魔法。
ドワーフは苦手なので使えないが、エルフは得意だ……、エルフ領から距離があるドワーフ領に魔法を放つことも、あらかじめかけることもできるはず――加えて。
勇者にあらかじめ魔法をかけておき、時間差で効果を発揮する毒だったりしたら……、大岩を避けられなかった理由にもなる。
ただ、これを指摘してしまうと、わたしたち天使も同じだ……。エルフを追い詰めようとして自分たちの首を絞めていたら、新しい火種を作ってしまいそうだ。
「魔法を使えば可能だ、という顔ですね、天使さん」
「ぎく」
すぐさまエルフが指摘してくる……、同時に、エルフへ向けた攻撃はわたしへの攻撃にもなっている。
ドワーフ領にいるドワーフは当然のこと疑われ、隣国が領地であるわたしたち天使とエルフは、広範囲の魔法でドワーフ領に攻撃を仕掛けることもできる……、それを利用し、事故に見せかけ、勇者を殺害することもできる――と言われてしまえば、いつまでも容疑者のままだ。
否定できない力を持ってしまっているのだから。
「魔法ならあたしも使えるのに」
「不法滞在の悪魔の娘――あんたが使えばドワーフ領に響くだろう……、すぐにあんたが使ったと分かるさ。だが事故前後、魔法の使用は感じられなかった――不法滞在していたあんたがなにもしていないことは、儂らが証明できるさ」
「ちぇー」
「もうそいつが犯人でよくない?」
わたしは勝負を仕掛けてみる。本当の犯人探しが過熱する前に、表向きの犯人を立ててしまい、有耶無耶にする……。犠牲となった悪魔は元々、自分がやったと主張しているのだ、これを利用すれば丸く収まるはず……。
それに、悪魔はこれを手土産にして、魔王に近づこうとしているのだから、お互いに利があることだろう……だが。
「勇者という抑止力を失った上に、悪魔と再び手を組めば、さらに抑えられなくなるぞ。わざわざ魔王の戦力を強化するわけにはいかん。
魔王との休戦状態が解除されるこの時代、魔王でも悪魔でもない裏切り者は、ここで見つけておかなければ、儂らが一致団結することは不可能になる」
犯人を探し出すことが過程の一つになっている……ここが目的ではない。
つまりここを有耶無耶にして、なかったことにはできないのだ。
……本格的にまずいことになってきた。そう言えばわたしでしたーっ、と名乗り出て、笑って済ませられるかな? いや無理でしょ、天使全体の信用に関わる事態になってきている……。
ここまで隠し通したなら、最後まで隠し通さないとわたしだけじゃなく、今後の天使の立場や扱いに直結する。
魔王対魔王以外の種族になった時、同盟を結んだ異種族側が真っ先に切り捨てる先に天使があったらと思うと――ここで挙手はできなかった。
どうする、どうすれば――別の犯人をでっち上げるしかないよね!?
悪魔じゃない、ドワーフかエルフ、どちらかを、犯人にしないと――。
【ドワーフ】
「(仲間の不始末は、長である儂がどうにかするのが、上にいる立場の責任ってものだな……当然、故意ではないが、勇者殺しの事故を起こしたのは事実だ。
山の開拓に使用した爆薬の誤爆で、大岩が転がり、そこにまさか勇者がいるとはな――だが確かに、どうしてあの勇者が避けられなかったのかは疑問だが、体調不良と言われてしまえばそれまでだ――。これから魔王と戦うために一致団結しなければいけない中で、ドワーフの立場を悪くすることはできん。この罪は一生、背負っていく……だから、この場はエルフか天使に、罪を押し付けるしかない)」
【エルフ】
「(どうして勇者様が避けられなかったのか……その場に私がいたから、とは、言えませんよね……。不法侵入のことを追及されれば、隠すわけにはいきません。ドワーフ領にエルフの私がいて、悪魔の娘のように許されるわけではありませんからね……、立場が違います。
私はエルフの姫であり、長ですから――ドワーフ領の山の中に眠る、過去に奪われた魔法の書を奪い返しにきたとは、口が裂けても言えません……、勇者様に必要とは言え。
ドワーフとエルフの停戦協定を結ぶための代価ですから……やはり返してくれとお願いするよりも、潜入して奪う方が波風が立たないと思ったのです……それが、まさか……。
私を庇って勇者様があんなことになるとは――)」
「(幸い、慌てていた私の足跡は、地形変化で消えてくれましたが……、目撃証言があればかなりまずい状況です……。悪魔の娘が見ている可能性もありますが、それを口にすることもなさそうですし……、危険視する必要はない、と見るべきでしょうか……。
ともかく、です。
今、ここでエルフの立場を悪くさせるわけにはいきません。だからドワーフか天使に、罪を押し付けることで、優位を保たせなければ――)」
【悪魔】
「(天使の矢とドワーフの誤爆で事故が起き、エルフを庇うために大岩に直撃して命を落とした勇者……、うーん、誰が悪いのかと言えば……事故を起こした天使とドワーフ? でも、勇者の意識を引き寄せたエルフかなー。
三人が悪いとも言えるし、故意ではないから誰のせいでもないとも言えるし……、でも、くすくす。みんな、相手に罪を押し付けようとして必死だねえー。
こっちは全部の証拠を握ってるのになあ……。あたしの一言で、三つの種族がひっくり返ったり戻ったりするのは見てて面白いかも。どうせ最後には、あたしに罪を押し付ければ全てが丸く収まるんだから――最初からそっち方面で一致団結していればいいのに――)」
「(魔王勢力を敵に回した時、一致団結した異種族同盟の中で最低の種族をここで決めておきたいってところなのかな? 最低さえ決めておけば、自分が餌食になることはないってみんなが思って――他者を貶めようとしている……くすくす。
くすくすくすくすくすくす。
悪魔から見ても悪魔みたいな三人だねー。さて、じゃあどうしようっか、もうちょっと場をかき乱して、最終的にあたしが全部の罪を被って魔王様に媚を売ろうか――。
その時、天使とエルフとドワーフは、
悪魔は敵にはならないけど、不都合を起こす存在……だから後回しにされがち――だけどさあ……——魔王勢力よりも厄介なのって、実は悪魔かもしれないよー)」
【天使】
わたしたちは意見を交わし合い、お互いに踏み込みながら、だけどやっぱり答えを見つけることはできず――時間切れを恐れて、悪魔に罪を押し付けることにした。
勇者という抑止力を失った魔王は、やがて動き出すだろう……――全ての種族を支配しようと企んで。
「そだ、天使ちゃん」
「なに、勇者殺しの悪魔っ娘」
すぐにでも悪魔の悪行が暴かれることになるだろう……、これによって、異種族同盟は一致団結できるはずだ……。
上下関係、という厄介な問題は残ってしまうけど……まあ、仕方ないか。わたしたちが勇者殺しであると判明して、最下層に落とされるよりは全然マシ――
「光の矢が大岩を崩すところ、あたし見ちゃってるの」
「え……」
「だからー、クス。クっくす。あたしが困った時、連絡すると思うから手伝ってね」
「ちょっ、あの、え――悪魔、ちゃん……?」
彼女の背中から生えている黒い翼。
大きく羽ばたき、その羽根の一枚が、わたしの翼に紛れて――。
純白の中に混ざる、小さくも存在感を主張する――黒い羽根。
彼女の指先がわたしの頬に添えられ、唇が撫でられる。
……ゾッとした。
わたしの心の中に、ずず、と指が入ってきた感覚がして……。
「悪魔の侵入を許したら、骨の髄までしゃぶられちゃうよ?」
くす、くすクス、と声が耳朶を打つ。
逃げられない、マーキングをされた……。
「これからよろしくね、天使ちゃん、エルフさん、ドワーフくん」
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