異種族会議/勇者殺しの言い逃れ その1
ぐぐぐ、と力を入れ、矢を放つ。
前方へ飛んでいく矢は切株の上に置いてあるりんごを貫くことはできずに、雲の上にぽす、と刺さった。そのまま沈んでいく矢を拾いにいくための足は、動かない……、面倒くさい感じが強過ぎる。別に矢なんていくらでも作れるし……。
――ふう、と息を吐いて、わたしは腰を下ろす。疲れた……誰か肩を揉んでくれないかなー。誰もいないので自分の手で肩を揉む。背中に大きな白い翼があるから肩が凝るのでは? 意外とでけえ胸がある方が、前後でバランスが取れて肩も凝らない気がする……。
それとも単純に、二倍の重さがかかるのだろうか?
「……もう練習、おわりでいーかなー」
疲れて眠くなってきたし。光の矢を作るのにも、こっちは体力を消耗するのだ。そう手軽にぽんぽんと矢を作り出せるわけじゃない。それに、他の種族はわたしたち【天使】を誤解しているけど、弓矢の扱いに長けたわけじゃないからな?
昔の天使はそうだったらしいけど、もう昔とは違うのだ――わたしは今の話をしている!
弓矢の扱いが下手でも、困ることって実はないのよね……。武器なんて戦争でしか使わないし……、だから種族の間の戦争がなくなった今、習得しておく技術ではなくなったわけだ。
それでも弓矢の扱いを学んでおけと言われるのは、まあかいつまんで言えば、見栄である。みなが抱く天使のイメージ通りになっておけ――と。
こっちが合わせる意味とは? これまで積み重ねてきた天使のイメージが崩れることを危惧してそう言っているのだろうけど、崩れていいと思う……新しい時代になったのだから、新しいイメージの定着だ。
古いイメージは崩してしまえばいい……――なんて、言っても聞かないのが老害である。
あんたらそろそろ死ぬのに、なんで世間体を気にするのかね……。
そういう時代で育ってくると、視野が狭まるのかな……、なまじ成功体験があると、そっちに縋ってしまいたくなるのは分かるけど……こっちとしてはいい迷惑。
今は種族単位ではなく、個人の時代になっている。
天使が凄いのではなく、ある凄い人物が天使だったから天使は凄い! になる時代だ。
種族の個性ではなく個人の個性が重視される。
つまり、天使なのに弓矢が下手なわたしは強い個性を持っているのでは?
「…………怒られるだろうな」
目に浮かぶ。しわだらけのババアが詰め寄って、くどくどとお説教……あー、めんど。
説教に付き合わされるくらいなら素直に練習しておいた方がいいか……。弓矢の扱いが、得意、とまではいかなくても最低限できていれば使えることもあるだろうし……損ではない。
一生、弓矢の練習に時間を割かれるくらいなら、集中して習得して、今後一生、関わらない方が総合的な手間は少ない……よし。
わたしは休憩を終え、矢を作り、弓に添える……。
ぎぎぎ、と弓がしなるほどに引き、切株の上のりんごに向かって――放つ!!
飛んでいった矢はりんごを貫――くことはなく、横に逸れて地上へ。
「――やばっ」
慌てて追いかけ、雲の端から下を見る。すると、光の矢は森の奥へ消え、ずずっっ、という音を、天界であるここまで届かせる。
……天変地異? と思ったけど、大災害が起きたわけじゃない。恐らく、一部の山が欠けたとか、岩が崩れたとか、その程度の話だろう……おおごとにはなっていないはず……――だよね?
「ま、まあ、光の矢はすぐに消えるし、証拠は残らない……わたしがやったってばれることはないだろうし、大丈夫、大丈夫……というかこんなのよくある話じゃん」
竜の寝返りで大地が割れた、なんてこともある。
大災害が起きると周りが騒ぐけど、そもそも災害が起きて世界が作り変えられているのだから、向き合うべきことなのだ。
犯人探しなんて、するべきじゃない。
どんな災害も星のせいにできるわけだし……責任者は神様だったっけ?
ともかく、早いとこ逃げて寝てしまおう……一晩経てば、忘れるよね?
三日後、天使長……まあ、血が繋がった口うるさいババアなんだけど、急に呼び出されて寝起きの朦朧とした意識のまま顔を出せば、頭から水を被せられた――冷たっ、寒!?
「――なにすんの!?」
「目が覚めた? ……あなたにお願いがあるのよ」
「?」
嫌な顔をして首を傾げたけど、ババアは構わずに話を進めた……。これ、どうしたってわたしに任されるやつである。種族の長と血の繋がりがあるって、損ばっかりだよなあ……。
わたし、二度寝したいんだけど。
「地上にいって、異種族会議に出てほしいのよ。普段は私が出席しているんだけど……腰がね……。大したことを話すわけじゃないと思うから、テキトーに頷いておけばいいわ。愛想よく二時間、座っていればいいから……あいたたた――」
「え、タダで?」
「……この子はまったく……。会議には美味しいお菓子が出るから、自由につまんでくれていいわよ。おかわり自由、注文も受け付けてくれるだろうから。
……ダメ? じゃあ……お小遣いあげるから、いってきなさい」
「やったーっ、天使を動かすのはやっぱりお金だよねー! おばあちゃん大好き!!」
「……この子の笑顔を見て怒る気を失くすのは、やはり私も人の親ね……」
お小遣いの約束を取り付け、わたしは会議に出席することにした……――まさか軽い気持ちで出た会議で、あんな議題が持ち上がるとは思ってもいなくて……。
「――勇者が殺害された、という情報は耳にしているか?」
黒い壁紙に、白く、艶があるテーブル……、広い空間だった。
しかし、広さのわりに人の密度はまったくなく、すかすかである。
異種族会議なのに今日の出席はわたしこと天使、年老いたドワーフ、美人なエルフ、わたしと同じくらいの悪魔の――四種族だけだった。
え、もっといるよね……? 妖精とか人魚とか人間とか、その他諸々いるはずなのに、なんでこの数人しかいないわけ?
しかも――え、勇者が殺害された?
魔王を封印できる唯一の血族の……?
それって……かなりやばいんじゃないの?
「勇者を殺したのはあたしだよ!」
と言ったのは、隣に座る悪魔の娘だった……、あー、はいはい、悪魔特有のいつものね。どうしてこの子が代表なのか分からないけど……、悪魔って人手不足?
それとも見た目と言動では分からないリーダーの才能でもあるのかな。
「自身を強く見せるための虚勢はやめなさい。立場を悪くするだけよ……、それともそれが目的? 悪魔と魔王には強い繋がりがあることを示したいのかしら……。
だけどあなたたち悪魔は魔王に追い出された種族よね? 繋がりはもうないでしょう。勇者を殺害することで魔王に気に入られたいという動機があっても――でも、魔王は勇者と争うことを楽しんでいた節があるわ……。
表向きの『邪魔な奴』という発言を素直に受け取って、本当に勇者を暗殺すれば、あなたたちが魔王に近づくことはもうできなくなる……。
それほどのリスクを背負ってまで、するほどのことじゃないわよね?」
「それでも勇者を殺したのはあたしなの!」
テーブルに両手をばんっ、とついて、そう主張する悪魔っ娘。……構ってほしいって言っているようにも聞こえるんだよね……、自分を強く見せたいだけのような――。
種族とか立場とか関係なく、面白そうだから手を挙げた、みたいな感じ……。
わたしたちを困らせて遊んでる?
たぶんだけど、この子は殺してない。
本当に殺していてこの態度なら、とんだ食わせ者である。
エルフもドワーフも、彼女への印象はわたしと同じのようだった。……この娘じゃない。間接的に殺していた、という可能性を切り捨てることはできないけど……。
「勇者が殺害された当時の情報を確認しよう」
「? どうしてそれを、ドワーフさんが知ってるわけ?」
やば、おとなしく相槌を打って終わらせようと思っていたけど、思わず指摘してしまった。思えば情報くらい、共有されているはずだ……ドワーフが代表して説明しようとしていただけで、知っていることが、彼を疑うに値する理由になるわけではないのに……。
顔を上げた老いたドワーフがわたしを見つめ、
「ドワーフの領地内での殺害だったからだ。最も早く情報を得られるのは当然だろう」
ドワーフ領地……。
「そして、近隣である我々エルフ領。上空の天使領。それから、その時間帯、ドワーフ領に不法滞在していた悪魔のその子が、この会議に出席しているわけね」
うわ、それを聞かされると悪魔っ娘が怪し過ぎる……、過ぎて、逆に白なんじゃないかって思ってしまう。
不法滞在していながら勇者殺しを主張するのは、不法滞在していた本当の目的を煙に巻くためとも言えたけど……――頭が空っぽそうな彼女に企みがあって不法侵入したようには見えない。
散歩していたら気づいたらドワーフ領だった、と言われたら素直に信じてしまう。
じっと見つめるわたしに気づいた悪魔っ娘が、にっ、と笑顔を見せた。
状況、分かってるのかな……。
あんまり近づくと火の粉がわたしにも降りかかってきそう……。
「勇者を殺し、得をする種族はどこでしょうか。魔王、悪魔、でしょうね……。それ以外の種族は魔王勢力に敵う戦力を持っていません。勇者、そして人間たちが魔王の抑止力になっているわけで――人間の士気に関わる勇者の殺害は、百害あって一利なしです」
「そうかもしれん。しかし種族ではなく個人で考えてみればどうか? あんたたちエルフの総意は、勇者を必要としているが、個人個人を見て見れば、誰か一人くらい、勇者は死んだ方がいいと思っているやつもいるんじゃないか?」
「かもしれませんね。だとして――では、どうやって勇者を殺害するか、です。暗殺される勇者ではないでしょう、間接的な事故を起こして殺すとしても、難しいでしょう……。
個人だからこそ抜け駆けができる環境です。チームとなればすぐさまばれるでしょうね……そんな中で、事故とは言え、あれほどの規模の災害を起こし、勇者を殺せる個人がいるとは――」
「災害?」
エルフとドワーフの話し合いに、気になったワードがあったので声が出てしまった。
……嫌な予感がする。
災害――とは?
「勇者が死んだ状況がの、巨大な岩による圧死なんだ……、山の斜面を転がり落ちてきた大岩に、勇者は押し潰され、死亡した――あの勇者が避けられなかった、というのも気になるがな」
「…………」
「事故、と見てもいいですが、やはり気になりますよね……。故意による事故は事故ではなく、明らかな殺意を持っておこなわれた攻撃です。
……このまま放置し、裏切り者を野放しにするのは危険です。たまたま勇者だっただけで、もしかしたら仲間たちが同じ目に遭うかもしれないと思えば……解決しないと夜も眠れませんよ」
「簡単に見つかるとは思えんが……、だが、止まらなければ、着実に追い詰められるとは思っている……時間はかかるかもしれんが――。
それに、天使さん、関係ないって顔で非協力的な行動はやめてくれよ――、一応、あんたたちも容疑者なんだからな」
「容疑者……」
「ああ。天と地で距離はあるが、上空から山を崩すこともできるだろう」
「……して、意味があるんですか?」
「人によるとしか言えんな」
個人による、他者には理解できない動機で動いているとすれば、確かに――意味を見出すのは行動した者であり、外側から見ているわたしたちではない……んだけど。
これ、もしかしてわたしのせいなのかな……? さすがに確信がないし、冤罪だったとしたら責められて損なので、挙手はしなかったけど……。
わたしが放った矢が、山を崩し、大岩を転がさせて――勇者を殺した。
……え、そんな偶然、ある?
発端がわたし、ってことはあるかもしれないけど……、これ、わたしが挙手して、解決することなのかな? ……いや、認めたら、なんかヤバイ気がする……。
怒られるどころじゃなく、もしも相手が聞く耳も持たずに、この事件が有罪になれば、わたしの翼は無理やりもがれて、天使として落命する――それは嫌だ、絶対にッッ!!
ここは、ひとまず誰のせいにしてもいいから、逃げるしかないッッ!!
幸い、現場に証拠はない、はず……。
光の矢は、すぐに消えているはずなのだから。
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