第11話 妹が好きすぎる妹の同級生
翌朝、やはりと言うべきか、雪奈に戻っていた。
昨日、綾音が言っていたように、彼女は夜の間には表には出てこないらしい。
だけど……。
「や~だ~まだねーるーんですーっ」
「子供かよ!」
目を覚ましてみればこれだ。
普段のぐうたら癖は、相変わらず治っていないらしい。
「というか、どうして私は兄さんの部屋にいるんですか? やっぱり、兄さんが私を連れ込んでるとしか思えません。もうっ……ナニするなら、私の意識がある時でもいいのに……♡」
「……何を想像してるか知らないけど違うからな? お前が勝手にベッドに入ってきてるだけだからな?」
俺はそうツッコミを入れたが、雪奈は頬に両手を添えてモジモジしたまま、こちらの話を聞いていない。
とはいえ、雪奈に綾音のことを話すわけにもいかないので、これ以上詮索されて困るのは俺の方だ。
余計なことは話さず、黙っていた方がいいだろう。
だが、綾音と雪奈が入れ替わる理由は今も分からないままだ。
綾音は何か知っているみたいだっけど、教えてはくれなかったし。
昼間は入れ替わらないと言ったが、理由が分からない以上は心配要素も残る。
もし、昼間に雪奈が入れ替わった時に備えて、理由を知る必要はありそうだ。
今日は学校にいる間も雪奈の観察をしてみよう。
学校で入れ替わった時にすぐに対応できるし、その瞬間を見れたら何が原因で入れ替わっているのかも分かるかもしれない。
そのためにも……。
「ほら、早く起きないと遅刻するぞ」
「あと五時間~」
雪奈は急に力尽きたみたいに、ベッドへ身体を倒した。
そのままゴロゴロと身体を転がすと、布団に身をくるんで。
「ぐぅ」
「二度寝に見せかけて本格的に寝ようとするな」
前髪がめくれあがって露わになった額を軽く小突いた。
だらしない姿は、やっぱり雪奈なんだなと感じさせられる。
***
雪奈は美少女だけど友達は少ない。
そのせいか、教室に居ても誰かと話すことなく静かに読書しているだけだった。
教室にいる生徒は、深窓の令嬢のような振る舞いをする雪奈のことを、友達と話しながらも気にかけている様子だ。
今朝、起きるのが嫌だとベッドの上でゴロゴロしていた雪奈とは思えない。
やっぱり、あの姿を動画に収めて学校のみんなに公表したほうが、雪奈の性格を矯正でき「ビィイイイイイイイッッ!」
「――って、うるせぇええっ!」
いきなり耳もとで響いたホイッスルの音に、叫びながら振り返った。
後ろに立っていたのは、金髪をした少女だ。
容姿だけを見ればいかにもギャルっていう感じで、俺や雪奈とは住む世界が違うと思わせられる。
そんな彼女の腕にはある腕章が着けられていた。
『風紀委員』と、大きく文字が書かれた腕章が。
少女はその腕章の付いた左腕で、俺を指さしながら言った。
「不審者発見っすよ~!」
「誰が不審者だ! 俺はただ、雪奈を観察してただけだ!」
「それが不審者って言ってんすよ!」
「俺は雪奈のお兄ちゃんだぞ! 妹を観察することの何が悪い!」
「雪ぽよと家族自慢してんじゃねえっすよ! ぐすっ……ウチも雪ぽよの妹になりたいっす~! うわぁ~ん!」
「ガチ泣き⁉」
目の前のギャルはわんわんと泣き出した。
彼女は
見た目はギャルだけど、雪奈の唯一の友達だ。
雪奈のことが大好きすぎて、「雪ぽよに近づく男を一掃するために、風紀委員になるっす!」と言って風紀委員になったという少女だ。
雪奈にまとわりつく不要な虫を追い払ってくれるので、兄としてはありがたいのだが……。
「ウチの方が雪ぽよのこと大好きなんすからね! 今日だって、雪ぽよとトイレまでデートしたんすから!」
「はっ! 何がトイレだ。こっちは雪奈と同棲してるんだからな!」
「うわぁん! ウチの負けっす~!」
「そんなくだらないことで張り合わないでくれませんか?」
気づけば、俺たちの騒ぎに気づいたらしい雪奈が、教室の入り口までやってきていた。
冷たい目を向けられ、ゾクリと背筋が震える。
隣では、桃華が「雪ぽよの冷たい目……はあはあ」と興奮している。
「こんな変態と一緒にしないでくれ」
「雪ぽよをストーキングしてた先輩が何言ってるんすか!」
「ストーキング……?」
桃華の一言で、雪奈の目がさらに細められる。
周囲の気温が数度下がったような錯覚を覚えると同時、俺たちの様子を遠巻きに見ていた生徒がガクガクと足を震わせて床に座り込んでしまった。
「い、いや、落ち着いてくれ。俺はストーカーをしに来たわけじゃ……」
「帰ってください」
雪奈は踵を返すと、俺へ一瞥もくれず自席へ戻っていった。
「そんな……俺が雪奈に避けられるなんてありえない!」
「いや、当たり前っすよ。兄妹と言ってもストーカーされたらキモすぎますし」
「俺を避けるなんて、お腹でも痛いのか⁉」
「聞いてんっすか、このシスコン先輩! てか、それで痛くなるのはどっちかというと頭でしょ!」
何か隠し事でもあるのだろうか。
雪奈は相変わらず冷たい目で見てくるが、ここは雪奈をもっと観察する必要がありそうだ。
今日は気を抜かずに、雪奈のことをちゃんと見てあげないとな!
その後も、俺は休み時間の度に雪奈の教室へ赴いた。
しかし、雪奈は授業が終わるなりすぐにどこかへ行っているらしく、何度教室へ行っても姿を見せてくれなかった。
やっぱり避けられてる。
こんなのおかしい!
「――というわけで、雪奈の行きそうな場所に心当たりないか?」
「ストーカーやめたら?」
昼休み、一緒に昼食を食べている宗介に相談するとそんな答えが返って来た。
「ストーカーじゃないんだってば!」
「この間は幼馴染みが転生するって言って、今日はストーカー……いよいよ病院に行った方がいいんじゃないか?」
「違うんだ! これには事情があるんだよぉ!」
俺は綾音と雪奈が入れ替わる理由を探しているのだと説明した。
「……それ、別に夜中にお前が起きてるだけで確かめられるんじゃないか?」
「お前、天才か?」
「お前、バカなの?」
呆れたような目で見られ、俺はがっくりと肩を落とした。
……とはいえ。
雪奈はどうしてあんなに俺を避けていたんだ?
それだけは、どうしても気がかりだった。
雪奈の性格なら、別に俺がストーカーしようが構わないと思っていそうなものだけど……。
とりあえず、放課後には同じ家に帰ることだしちゃんと謝ろう。
そして、夜はちゃんと起きて雪奈と綾音が入れ替わる理由を探ってみることにするか。
明日は休日だし、夜更かしするにはちょうどいい。
***
放課後になると、俺は雪奈と一緒に帰るために昇降口で待っていた。
しかし、いくら待っても雪奈はやってこない。
「どうしたんだ? まさか、先に帰ったわけじゃないだろうな……」
「まーたこんなところでストーカーっすか?」
その声に振り返れば、呆れた表情を浮かべる桃華の姿があった。
「ああ、ちょうどいい。雪奈がどこにいったか、知らないか?」
「知らないし、先輩には教えないっすよ。むしろ、ウチがこれから探そうと思ってたところでしたし」
「どうして探していたんだ?」
「……雪ぽよ、告白されるみたいなんすよ。今朝、下駄箱に手紙が届いてたからだとか」
「っ!」
「ただ、相手が厄介なやつなんすよね。前から雪ぽよのことを狙ってたやつで、何度も告白してるんすよ。クラスでも横暴なふるまいばかりする奴で、好きな女子なんて一人もいないっすよ」
「そんな奴に告白されるのに、こんなところでのんびりしてる場合か!」
「だから、ウチだって早く探そうとしてたんすよ!」
「くっ……分かった。それじゃあ、俺が探してくるから桃華は帰ったほうが良い」
「どうしてそうなるんすか! ウチだって探しますよ!」
怒ったように言う桃華。
苦笑しながら、俺はその頭へと手を伸ばした。
「うにゃっ⁉」
「同じクラスの奴とトラブルにでもなったら、桃華までクラスに居づらくなるだろ? ここは俺に任せとけって」
「むぅ……子ども扱いして……」
頭を撫でると、桃華はむすっと頬を膨らませた。
おかしいな……雪奈や綾音ならこれで喜んでくれるのに。
「まあ、先輩がそこまで言うなら任せるっすよ。一応、まだ校舎にいると思うっすけど……」
「分かった。ありがとな、桃華」
桃華の頭から手を放すと、昇降口から校舎へと戻っていった。
校内にいた生徒たちのほとんどは帰宅してしまい、残っているのはまばらだ。
俺は校内を軽く駆けながら、雪奈の姿を探した。
やがて、到着したのは旧校舎と体育館を繋ぐ渡り廊下だった。
体育館では部活が始まっており、バスケットボールをドリブルする音やシューズが床を擦れる音が外まで聞こえてくる。
雪奈と件の男子生徒がいたのは、そんな校舎の裏手だった。
体育館の陰から覗いてみれば、雪奈は男子生徒に腕を掴まれていて、逃げられなくされていた。
だが、そんな彼に腕を掴まれても雪奈は涼しい顔のままだ。
「どうして、誰の告白にも答えねぇんだよ!」
「……興味無いからですよ」
「それなら、これから持てばいいだろ! 俺がその初めてになってやるから……」
「あなたが私の初めてになる権利なんて、ないですよ」
「大体……」と、雪奈は小首を傾げながら言った。
「あなた、誰なんですか?」
「っ…………」
その一言に、男子生徒は目を見開いた。
顔を覆い、震える声を発する。
「俺、同じクラスだぞ……? 何度も話しかけたし、何度もここで告白した! それなのに、全く覚えてない? ふざけるなよ! ちょっとくらい、覚えててくれても――」
「――そのくらいにしておけよ」
男子生徒が暴走しかけたところで、二人の間に割って入った。
彼女の腕を握っていた男子生徒の手を払い、雪奈の手を解放してやる。
視界の端で、雪奈が目を瞬いているのが見えた。
「だ、誰だよ……」
「雪奈のお兄ちゃんだ」
「ああ、あのストーカーの」
「誰だそんな不名誉な噂を流しやがったのは⁉」
桃華だな!
アイツしかいない、そうだろ⁉
「その兄貴が何の用なんだよ! 俺は今、雪奈ちゃんと話してんだよ!」
「雪奈に告白するなら、まずはお兄ちゃんを通してからにしてもらおうか。と言っても、雪奈の手を無理やり掴むような男を認めるわけないけどな」
「はぁ? 兄貴だか何だか知らねぇけど、ウゼェんだよテメェ!」
男子生徒が拳を振り上げる。
その瞬間、俺は体を屈めて足を突き出した。
ちょうど、男子生徒の脛に当たるように。
「がっ⁉」
男子生徒は苦悶の表情を浮かべると、その場で蹲った。
一瞬できた隙を狙い、俺は雪奈の手を掴んだまま走り出した。
「ま、待てよ! 話はまだ……!」
背後から聞こえたその言葉を無視し、俺は雪奈の手を引いて走り続けた。
後ろから、静かな声で「ありがとうございます……」と呟く雪奈の声が聞こえた。
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