第16話.お空デート
(あっ…………死んだわ)
最近、「死んだな」と立て続けに思うばかりのセシリー。
しかし飛竜――スノウの口にばくりと咥えられたとあっては、誰だって死を予感するものだろう。まだ意識が残っているのがいっそ不思議なくらいだ。
「ま、待て! スノウ!?」
そのままスノウは背にある翼を広げ、大きく動かしている。
突風のような風が巻き起こり、目も開けていられないほどの土煙が発生する。スノウは飛び立つ準備をしているのだ。それに気がついたジークは、くそっと舌打ちすると、スノウの背に飛び乗った。
飛竜用の鞍も括りつけられていない。手綱もない。ゴツゴツとした岩肌のような硬い皮膚の上に直接跨がり、ジークは下のアルフォンスに呼びかけた。
「アル、ロープだ!」
「そんな猟奇的なアイテム、オレは持ってないよ。小道具に頼る男は三流だ」
わけの分からないことを言いつつ、懐から取り出したロープを投げるアルフォンス。
ジークは器用にロープを使い、自身の片足をスノウの胴体にくくりつける。あまりの状況にシリルは悲鳴を上げ、彼の眼鏡が割れた。
「隊長! 危険です、振り落とされます!」
割れたレンズが肌に刺さりつつも、必死に叫ぶシリル。
だがジークは、そんな提言には耳を貸さない。誰よりも愛おしい少女が飛竜の口に咥えられているのだ。
「ここで引くなら、男じゃねえんだよ!」
『グルッ……』
スノウが大きく喉を反らしたかと思えば。
スノウは片足でダン! と地面を突き飛ばすように叩き、一気に真上に飛び上がっていた。
ぐっ、と歯を食いしばるジークに対し、口の中のセシリーはといえば。
(ふりゅうううううっ!?!)
スノウの口の間から勢いよく襲いかかってくる風にやられ、口の中身が乾燥しきっていた。
しばらくそのまま真上に向かって飛んでいたスノウだが、雲の上までやって来ると落ち着いたのか、上体を風に沿わせてのんびりと飛翔する。
翼が羽ばたくたびに、その音にセシリーは震えた。何がなんだか分からないのが余計に怖い。
小刻みに震えるセシリーに、もどかしげにジークが叫ぶ。
「セシリー、無事か!?」
「へぁ……あい……?」
セシリーは力を振り絞って、なんとか返事をする。
(あれ? ジークも、一緒に死んだの?)
だが冷静さとはほど遠い。
「あぇ、私。死ん……?」
恐怖のあまり、セシリーが混乱の最中に居ると気がついたのだろう。
頭上から、ジークが努めて落ち着き払った声で言う。
「さながら、そうだな。これは……あれだ。空でデートしてるようなもんだな」
「お空で、デート……!?」
それを聞いたとたん、カッ! と目を見開くセシリー。
(お空で、デート!)
よくよく目を見開いてみれば、スノウの口の間から覗くのは青い空と白い雲。
自分の身体と同じ高さで流れる雲を見るのは、初めてのことだったが……その特別さが、ますますセシリーを興奮させる。
なぜならば。
世界広しといえども、飛竜の背(口)でデートをするカップルは、きっとセシリーとジークが人類初である。
それって。
それって。
それって!
「ロッ…………ロマンチックだわ~~!!!」
すべての恐怖を、“ロマンチック”が塗り替えていく!
すっかり元気になったセシリーは、スノウの長い舌に身を委ねた。
生ぬるくて、べとべとしていて、ちょっぴりくさいような気もするが、セシリーの中ではギリギリロマンチックが上回る現状だ。神の隙間から、どろどろとした粘液が額を伝って流れ落ちてくるが、まだ、まだ大丈夫だ。
「だけど、妬けるな」
「え?」
「俺の舌さえ、まだセシリーを味わってないっていうのに」
(もう好きにして~~~!!!)
じたばたと手足を振ってセシリーが身悶えたため、スノウが苦しげに『グエッ』と鳴いた。
ジークはロープを器用に使い、そんなスノウに指示を出そうとする。一時はどうなることかと思ったが、そろそろスノウもセシリーも落ち着いてきたようなので、地上に降りようと思ったのだ。
そうとは気がつかないセシリーが、質問してくる。
「ねぇジーク。スノウは男の子なの?」
(さっきまでは、あんなに怯えてたくせに……)
ふ、とジークは口端を緩める。
そんじょそこらの令嬢であれば、飛竜に咥えられた時点でとっくに気絶しているだろう。
それなのにセシリーはこの環境に慣れてしまったようにのほほんとしている。その呑気な振る舞いに癒やされる自分が居るのだ。
「いや、雌だな。雄だったら許せなかった」
「雌なら、許すの?」
セシリーは、ジークに妬いてほしくて仕方ないようだ。
「許すわけねぇだろ。今も嫉妬で気が狂いそうだ」
「狂って♡ せしりー、お口の中に入れてちゅっちゅして♡」
「ったく。…………おもしれー女」
二人と一頭のお空デートは、それから十分ほど続いたのだった。
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