架空を舐む

PROJECT:DATE 公式

2人きり

梨菜「んーっ。」


両手を組み、これでもかというほど

天へと伸ばす。


梨菜「ふぁ、は、は…。」


欠伸と共に緊張しきった腕を解放して

だらりとじめんへ垂直落下。


波流「眠そうだね。」


梨菜「いつだって眠いよ。」


波流「あれだけ寝てるのに?」


梨菜「あれだけ寝ても。」


波流「効率悪ーい。」


梨菜「そんなこと言ったって仕方ないじゃん!」


波流「あはは、そうだけどね。」


梨菜「だって寝るの最高じゃん。気持ちいいじゃん。」


波流「確かにね。」


梨菜「夢だって見れるしさ。」


波流「夢結構見るタイプだっけ?」


梨菜「うん。たくさん寝てりゃ、そりゃ出会う回数多いよね。」


波流「夢を人か何かと勘違いしてる…?」


梨菜「ご縁がありまして。」


波流「あ、やっぱり勘違いしてる。」


私の席へと足を運んでくれた波流ちゃん。

エアコンの風だろうか、

あほ毛とも言えるだろう

頭のてっぺんからつんと上へ向かう

数本のみの髪の毛が、

ゆらりぐらりと揺れている。


夏になったものだと、

体も心も判断していた。

エアコンがないと肌はじんわりと

汗ばむような季節になった。

うちわや扇風機といった類では

完全に足りないと言えるほど。

今年の6月は何かを間違ってしまったらしい。

じゃなければこの段階で

38℃の続く日々なんておかしいだろう。

異常現象とも取れるような天候に、

今のうちから夏休みへと

うんざりする気持ちを注ぐのだった。


梨菜「実際に夢って巡り合わせじゃない?」


波流「え?そう?」


梨菜「だってその日その時のコンディションによってみれるものって違うじゃん。」


波流「あー、まぁね。」


梨菜「それでさ、時に自分が夢の中にいるってわかる時あるじゃん?」


波流「あるんだ…?」


梨菜「ない?」


波流「これまでの人生ではまだないなぁ。」


梨菜「残念。人生の8割損してる。」


波流「割合占めすぎじゃない?」


梨菜「それはいいとしてだよ。波流くん。」


波流「はいはいなんですか、梨菜先生。」


梨菜「こほん、いいかい?夢というものはね、素敵はものなんだ。」


波流「ほう?」


梨菜「非現実を日常的に体験できるシステム。時に自分の不幸を幸福にする。時には自分の内面や体調について示唆しているのでは無いかとされている。」


波流「…適当言ってるでしょ?」


梨菜「ばれた?」


波流「それっぽかったけど残念、ばれちゃったね。」


梨菜「あちゃー。」


波流「でもね、エイプリルフールの時の嘘よりは全然マシ。」


梨菜「ちょっと!いつまでそれ覚えてるの!」


波流「あはは、だってあれ傑作だもーん。」


すいーっとその言葉のように

体まで流れてゆく彼女。

そのまま自分の席へと流れ、

そして移動教室の為の準備を始めた。

これほどまでにエイプリルフールの

あの子供じみた嘘を

覚えているとは思わなかった。

とはいえ、当の本人である私は

忘れているのだけれど。

子供じみた内容だったのは

記憶しているが、

どうにも細かな内容は覚えていない。


梨菜「んー…?」


これが忘れるということか!

そういえばこの前、

花奏ちゃんがツイートしていたっけ。

夢で記憶喪失やら認知症やらの

夢を見た、と。


そこで、蝉の鳴かない夏を横目に

移動教室の準備をすることも呆け、

スマホを取り出したのだった。

そして、いつからか見慣れてしまった

自分の顔の映ったアイコン、

それからみんなのアイコン。

花奏ちゃんの映るものを押すと、

直ちに彼女のプロフィールが浮かび

下へ下へとスクロールしてゆく。


梨菜「あ。あった。」


長文の書かれたものを見つけ、

そこでぴたっと止める。

ツリー形式にいくつか連ねられており、

そのどれもが字数制限ぎりぎりまで

記載されているのだった。





°°°°°





なんだか悲しい夢を見たからメモ程度に

私がうつの症状か若年性認知症なのか

わからないけど時折記憶が飛ぶようになった

そして病気を理由によく寝込むようになった

父さんを中心にいるはずのない親族が

心配してくれたけど、

一向によくならなくて

本を読んだり眠ったりしてた


ご飯は時々食べれてて、

パンを2枚だとか、

めちゃくちゃ大きいポップコーンひとつとか、

マシュマロひとつとかなら食べれた

ただ、ポップコーンとマシュマロは

棚の中に入ってたんだけど、

父さんに偶々見られてて、

花奏は病気だから

あまり良くないよと軽く注意された


私は反省したのか2度と

そこからお菓子を食べることはなくなった

父さんはゲームをしないから、

ゼルダの伝説のゲームについて

何も知らなかった

また1か月くらい日が経って、

私は「命は必要かという問い」っていう

4〜8cmくらいの分厚い本を読んでた

この本は私の愛読書になると

どこかで確信してた


その本の内容はひとつとして

覚えていないけれど、

表紙が赤っぽくて、

少し古めのテイストなイラストが

載っていたような気がする

もうここはあやふや


そして、気づいたら1年間経ってた

私が眠って起きたら1年経ってた

といってもおかしくない


丸々記憶がないまま

父さんのところに行って

1年分の記憶がないと伝えたら、

父さんは順を追って話そうって言ってくれた

その1年間の話は覚えてないけど、

私は生きてはいたらしく、

生活をしていたらしい


そして何より、

父さんがゼルダの伝説を始めていて、

珍しい武器なのか確率?覚醒?という

武器を最近手に入れてうきうきしてた

そこで時間が経ってたんだって1番実感した

私の知らない1年間で人は

変わったんだと寂しくなった


多くのことを忘れた

「命は必要かという問い」を

読み切ったかさえ分からない





°°°°°





梨菜「…命は必要かという問い…かぁ。」


意味深な題名の本だとは思いつつ、

興味が湧いて仕方がないのは何故だろう。

知的好奇心が刺激されているのだろうか。

そのツイートをまじまじと眺めている間に

ふと私の手元に影が落ちる。

何事かと思って見上げてみれば、

変わらず波流ちゃんがいるではないか。


波流「もう行かなきゃ間に合わなくなっちゃうよ!」


梨菜「え、嘘!?」


まだ時間はあると思っていたのに、

気づけば後数分で始まってしまうではないか。

慌てて筆箱や教科書をかき集め、

角も揃えないままに両手に抱えた。

揃っていないことに対して

そこまで気にならないはずなのに、

今日に限っては気になって仕方ない。


波流「梨菜ってさ、ひとつのことに集中してたら周りが全く見えなくなることってあるよねー。」


波流ちゃんが何か言っているのを放って

教科書やノートをかららと音を鳴らして

角を揃えたのだった。

よし、これでいい。

納得がいったのか、

腕の収まりがこれまで以上によい。

何かしら感覚というものに

酔っているのかもしれない。


波流「もう聞いてないでしょ。」


梨菜「へ?」


波流「ほうらね。」


梨菜「なんか言ってたのは知ってるよ!」


波流「本当にぃ?」


梨菜「よし、行こう!」


波流「あ、ちょっと!」


今日も今日とて変わらず日常が

すぐそこに広がっていた。


嶺さんや関場さん、長束さんが戻ってきて

本当に日常と呼べるものになった。

本来であれば横浜東雲女学院に通う

私たち女子校組と

成山ヶ丘高校に通う共学組では

関わることなどなかったのだ。

嶺さんという同級生の存在すら

遠い過去に忘れ去られたまま

思い出すことなどなかったのだ。

それが、宝探しをきっかけに

私たちは繋がりを持った。

花奏ちゃんや関場さん、長束さんに

嶺さん、三門さん。

美月ちゃんとは波流ちゃん繋がりで

どっちにしろ仲良くなっていたような

気もするけれど、

どうなっていたかは分からない。

パラレルワールドとやらを

覗かない限りは知る由もない。


波流「待って、早いー!」


梨菜「遅れるんでしょー!」


どうやら、6月も終わったらしい。

そして7月。

夏休みも迫っている。


楽しみなことしかない。

何をしよう。

折角ならみんなでどこか行きたい。

何かをしたい。

みんなで何しよう。

花火とかどうだろう。

夏祭りに行きたい。

あ、それと海も。

暑すぎるだろうか。

そしたらプールでもいいな。

室内プールなら日差しは緩和されるから。


それから星李とは何をしよう。

2人きりで映画を観てもいいな。

いつも金曜ロードショーを

見ることを楽しみに1週間を

頑張れているまである。

星李は部活をしていることもあって

中々休日に遊びにいくということはしない。

だから、日常的な行動、

それこそ買い物だとかには

ついていくことが多かった。

料理こそ星李に任せっきり。

だから買い出しも殆ど星李。

ただ、お菓子を買うときは

案外私任せだったりする。

私の選ぶものを一緒に食べたいんだとか。

味覚にあたっては私も星李も

ほぼ一緒なのだろう、

好きなおやつのタイプは一緒だった。

だから、選ぶのは容易いことで。


そうだ。

今日は金曜日。

何か買って帰ってあげよう。


映画だけでなく買い物にも行きたい。

服を見にいくもよし、

家具を見るもよしだろう。

ショッピングの他にも観光したいな。

京都とかどうだろう。

神奈川から行くと考えると

少々時間もお金もかかるけれど、

きっと素敵な思い出になる。

暫く私と星李の2人は

日常の景色から離れられていない。

どこか行くのもいいな。


あぁ。

楽しみな夏が来る。





***





梨菜「たぁーだいまー。」


くたくたになりながら

鞄とレジ袋を引き摺るようにして

玄関に投げ出す。

コンビニに寄っていたのもあるが、

それ以前に学校でぼけっと

時間を潰していたこともあって

時刻は6時をまわっていたっけ。

玄関マットを皺くちゃに歪めた後、

それを乗り越えなければならないという

試練が発生していることに

気づけないままだった。

このまま冷たいであろう床に

倒れ込んでしまいたかったけれど。


星李「お帰りー。手洗ってねー。」


梨菜「…はぁーい…。」


星李は珍しく先に帰っているようで、

彼女のお帰りが聞けて嬉しくなる。

星李のいうことだ。

聞いてあげなきゃなと

それを原動力に体を突き動かす。

汗を相当かいたせいで

タンクトップに染みたそれが

乾き始める間もなく既に匂いを放っている。


梨菜「うへぇ…っ。」


気持ち悪さが勝り、

制服を脱ぎながら移動しようとした。

すると、先程投げ捨てた鞄に

持ち上げた足を引っ掛け

転びかけてしまう。

体は傾いたもののなんとか

けんけんとリズミカルに足をつき、

転倒することは免れた。


星李「ちょっと、何の音?」


リビングへのドアは

開きっぱなしだったためか、

私の作った音は直接彼女に

伝わってしまっていたらしい。

小さな足音を鳴らして

こちらを覗く愛しい星李の姿があった。

いつもは髪を下ろしているのだが、

今は料理中なのか緩く

ひとつに縛っている。

ハンバーグをひっくり返す時に

使うような片手に器具を持ちながら

訝しげな顔をする星李。


梨菜「あははー…転びかけちゃって。」


次、足を下ろそうとした時には

がさりと音がすることから

レジ袋があるであろうことが予想された。

それを察知し、すぐに足を上げる。

下を見れば…ほら、やはりレジ袋。

今日のお菓子が詰まっている

私たち2人の宝箱だ。


星李「今日の映画のお供は何ー?」


梨菜「今日はね、スコーンとプリン!」


星李「また絶妙に合いそうにないものを…。」


梨菜「でも好きでしょ?」


星李「大好き。」


梨菜「私は?」


星李「早く手を洗ってくれないかね。」


梨菜「えー。」


星李「今日の金ロー何か知ってる?」


梨菜「知ってるよ。時をかける少女でしょ?」


星李「その真似してよ。」


梨菜「真似?」


星李「そう。あのポスターによくあるやつ。」


梨菜「あぁ、あれね!」


今度は何も踏まないよう

足元を注意してその場に立つ。

もう抜け落ちているものは

ないだろうか。

…。

忘れていることはないだろうかと

脳内を巡ろうとするも

努力は虚しく意識は向かなかった。


そして、いくよと声をかけたのち

ジャンプして飛んでいるように

手を後方へと伸ばす。

時をかける少女のポスターと言われて

浮かんだものを体現している

つもりだったのだけれど。

どんと強めの衝撃が床に加わったものの、

その音が大音量で聴こえてくることはなかった。

それも、彼女が笑い出したから。


星李「あっはははっ、変な格好!」


梨菜「やってって言ったからお姉ちゃんはやったのに。」


星李「あっはっは、はいはい、ありがとありがと。」


梨菜「そんなに笑ってくれるんならいいけど…。」


星李「もう最高だった!」


梨菜「ならよし!」


星李「おやつ、プリンあるんだよね?」


梨菜「あるよ、しかも生クリーム載ってるやつ!」


星李「最高すぎ。天才。」


梨菜「もっと言ってよー。」


星李「凄いすごい。はい。」


梨菜「それだけ?」


星李「夜ご飯そろそろ出来るし食べちゃお?」


梨菜「はぁーい!」


それまで重たかった足は

ご飯という言葉を聞いたからか

途端に軽くなったのだ。

そういえば、いい匂いが漂っている

ということに気づく。

今更ながら気づくあたり、

流石私だとしか言いようがない。

鞄らを放置したまま洗面所へと

向かおうとした時だった。

先にプリンを冷蔵庫に

入れるべきだろうか。

そんな一瞬の問いはさておき、

星李へと声を飛ばすのだ。


梨菜「そういえば何で星李は早帰りだったの?」


星李「後3日で中間テストだからだよ。」


梨菜「テストかあ。頑張るねぇ。」


星李「お姉ちゃんもそろそろじゃないの?」


梨菜「あ。」


星李「あーあ。今日の映画はなしかなぁ。」


梨菜「やだ!見る、絶対星李と見る!」


星李「私は勉強しながら見るもん。」


梨菜「内容入ってこないよ?映画は映画で楽しもう?」


星李「お姉ちゃんほど私は気楽なタチじゃないもーん。」


梨菜「えー、お姉ちゃんを見捨てるのー?」


星李「見捨てはしないけど扱くかな。」


梨菜「わ、鬼だ。」


星李「愛しい妹と言ってほしいね。」


梨菜「愛しい妹。」


星李「よし。」


お互いがお互いに甘いことは

この上ないほどわかっている。

けれど、私たちはこうやって生きてきた。

2人で支え合って生きてきた。

2人だけで生きてきた。


今日も2人だけの夜。

楽しい楽しい、姉妹だけの時間。

私にとっては当たり前の距離感。


私にとっては、素敵な時間。

忘れることなんて出来ない、

それこそ夢のような時間なのだ。


梨菜「あ、そうだ。」


星李「いつになったら手を洗ってくれるの。」


梨菜「次の質問が終わったら!」


星李「次の質問は?」


梨菜「週末どっか行かない?」


星李「テストだって話聞いてた?」


梨菜「うん。でも行き詰まっちゃうし、2時間だけ。」


星李「それでもだーめ。成績落としたくないし。」


梨菜「流石受験生…。」


星李「そうだよ、受験生だよ。甘やかしちゃ駄目だよ。」


梨菜「うぅ…はい…。」


私よりも妹は

幾分もしっかりしているのだった。

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