祝辞

 クエルが先ほどの少女などより、セシルの方がよほどにやばいのではないかと思った時だ。


「スヴェン様も、一緒に入学式へ出るのです!」


「こんなものには出たくない。それに俺は人形技師で、人形師じゃないぞ!」


 クエルたちが入ってきた入り口とは別の入り口から、イフゲニアに先導された、相変わらずの雪だるまみたいな姿のムーグリィと、何故か制服を着ているスヴェンが、一緒に講堂へ入ってくるのが見えた。


 その後ろから、銀色の髪をした少女と、皺ひとつない執事服に身を包んだ男性も続いている。


 クエルはフリーダと再び顔を見合わせると、互いに苦笑いを浮かべた。どうやらムーグリィにとっては、入学式も何も関係ないらしい。


「傾注!」


 壇上に立ったイフゲニアの声が響く。クエルは前を向くと、背筋を伸ばした。イフゲニアが椅子に座る新入生を眺めつつ、小さく敬礼をする。居並ぶ新入生たちも一斉に敬礼を返す。


「これより国家人形師養成学校、第98回入学式を執り行います。一同、起立!」


 イフゲニアの声に合わせて、全員が起立した。同時に壇上の袖から一人の男性が姿を現す。その肩と胸には、数多くの勲章が飾られているのも見えた。


「これより、本校の校長を務める、アルマイヤー卿からお言葉を頂きます。一同、敬礼!」


 イフゲニアの言葉に、新入生が一斉に敬礼をした。男性はそれを満足げに眺めると、あみだに被った王都守護隊の、縁のない帽子ベレー帽に手を当てて敬礼を返す。そして新入生一同を見回すと、なぜかクエルたちのところで視線を止めた。


 男性がクエルへ向けて、唇の端を上げて見せる。それに日に焼けた精悍な感じも、この口元の上げ方も、どこかで見た気がした。でも父とフリーダの父親のギュスターブを除けば、クエルに国家人形師の知り合いはいない。


 クエルが心の中で首をひねった時だ。アルマイヤー卿はクエルから視線を外すと、腕をおろした。


「国家人形師養成学校の校長を務める、アルマイヤーだ」


 落ち着いた、だけどよく響く声が講堂に響き渡る。そこでアルマイヤー卿は言葉を切ると、壇上にいる制服を着た二人の女性を指さした。


「この春、そこにいるイフゲニア・アルース教官並びに、アイラ・ディエス教官と共に、王都守護隊からこちらへと移動になった。その点では君たちと同じく新人だな」


 そう告げると、アルマイヤー卿は居並ぶ新入生に向かって、ニヤリと笑って見せた。この笑い方もどこかでみた気がする。だがクエルが何かを思い出す前に、アルマイヤー卿は言葉を続けた。


「諸君らは、四年に一度の選抜を潜り抜けた優秀な人材だ。なんてことを言うと思ったか?」


 アルマイヤー卿が再びニヤリと笑って見せる。


「お前たちは、あの程度で人形を繰れたつもりでいるかもしれないが、俺から言わせてもらえば、子供の喧嘩みたいなものだ」


 アルマイヤーの台詞に、新入生の間からざわめきが漏れる。


「だが軍は違う。軍でもっとも大事なのは統制だ」


 そう告げると、アルマイヤーは壇上の机に置かれたコップから、おもむろに水を一口飲んだ。


「世の中には完璧な人間もいなければ、完璧な人形もいない。ある者の持つ長所は、短所の裏返しでもある。高い攻撃力を持つものは、その攻撃力ゆえに、起動性や防御力を犠牲にしないといけない。遠距離での火力支援。敵の探索。拠点防御。その全てを一人の人形師や人形で、担う事など出来ない」


 そう告げると、アルマイヤーは再び新入生を見回した。


「想定される全てに、組織として対応するのが軍であり、国家人形師だ。そのためにもっとも大事なのが、統制である。お前たちは、統制を単なる命令に従う事だと思っているだろう」


 アルマイヤーが首を横に振って見せる。


「それは間違いだ。それが失われた時や、状況が変わった時に、どのように行動すべきか、判断することを含めての統制だ。この国家人形師養成学校では、お前たちにそれを叩き込む」


 ドン!


 アルマイヤーが机を拳で叩く音が響く。


「一同覚悟しておけ」


 アルマイヤーは見事な敬礼をすると、そのまま壇上を降りていく。その姿を目で追いながら、クエルは自分の子供時代が終わったことを、心の底から理解した。




 アルマイヤーからの祝辞を受けた後、クエルは事務方の職員から、授業についての説明を受けた。基本的には午前中に座学。午後は人形を繰っての実技になるらしい。続けて男子と女子に分かれて、寮に関する説明と手続が行われた。


 セシルは女子寮に入寮するフリーダに引きずられて、男子とは別室で行われている、女子寮の説明を受けに行っている。既に手続きを終えたクエルは、講堂と事務棟を結ぶ渡り廊下の出口のところで、二人を待っていた。


「お待たせ!」


 フリーダの声が聞こえた。その背後ではフリーダに手を握られて、引きずられるようにセシルが続いている。その顔つきは明らかに超不機嫌だ。


「もう、やっと終わったわよ」


 そう告げると、フリーダはクエルへ大きくため息をついた。


「ですが、私はクエル様の付き人ですので……」


「いくら付き人だからって、セシルちゃんがクエルと一緒の部屋だなんて、ありえないでしょう。それに他の男子生徒もいるのよ。危険過ぎます!」


「そ、それで?」


「事務方を説得して、私と同室にしてもらいました」


 そう告げると、フリーダはにこやかな笑みを浮かべつつ、セシルの方を振り返った。


「セシルちゃん、これからよろしくね!」


「は、はい。フリーダ様、よろしくお願いいたします」


 先ほどまでの超不機嫌な顔を見事に消し去ったセシルが、丁寧に頭を下げる。


「同級生でしょう。そんな肩ぐるしい挨拶はしないで。そもそもセシルちゃんは、クエルの同級生でもあるのだから、対等よ。セシルちゃんに手伝ってもらう必要なんて、もうないんじゃないの?」


「フリーダ様、それは侍従としての私の務めでございます」


「そう? 私も手伝うから遠慮なく言って」


 そう告げたフリーダへ、セシルが苦笑いをして見せる。だがクエルが見る限り、その目は決して笑ってなどいない。


「それよりも、クエルは誰と同室になったの?」


「えっ?」


「もしかして、聞いてない?」


「部屋を教えてもらっただけで――」


「お話し中、申し訳ございません」


 不意にクエルの背後から、透き通るような女性の声が響いた。振り返ると、銀色に見える髪に、灰色の目をした女子生徒が、真っ黒な執事服を着た男性を従えて立っている。


「気が付かなくて、すいません」


 クエルは慌てて通路の端へ体を寄せた。


「いえ、お話があって、声を掛けさせていただきました」


 もしかしたら、フリーダの知り合いなのかもしれない。クエルはそう思ってフリーダを見た。しかしフリーダも、きょとんとした顔をしている。


「やっとご挨拶をする機会を得ることが出来ました。アイリス・グーデリアと申します。クエル様の婚約者です」


 女子生徒は、クエルに向かってそう告げると、可憐に紳士に対する淑女の礼をした。

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